第44話 唇柔らけー
自分とは違う唇ってこんなにふわふわなのかと驚いた。そんなわけないのに何故か甘くて吐息がくすぐったくて、もっと……もっとと求めてしまう。だけど物事には終わりというのも存在していて、名残惜しいが唇を離すと課長の端正な顔がすぐ近くにあって薄く開いた唇や潤んだ瞳にクラッとくる。出来るならもう一度と言いたいところだがそうも言ってられない。雨足が強くなっているのだ。いくら熱に浮かされていても雨の冷たさや打ち付ける痛みに急速に現実へと引き戻された。
くそっ! なんで雨が降ってんだ!! こんなチャンスもう巡ってこないかもしれないんだぞ!! 歯噛みしていると手に何かが触れた。目配せすると課長が俺の手を握っているのが見てとれた。え? と顔を上げると課長がくすぐったそうにモジモジしながら提案してきた。
「青井。ここにずっといたら風邪を引いちゃうわ。移動しましょう?」
「そ、そうですね! 何処がいいでしょう……あ! コンビニで俺傘買ってきますよ!」
今にも駆け出そとすると手を強く握りしめられた。
「傘なんて買わなくても私の家が近いから来たらいいじゃない」
「―――え?」
「ほら、行きましょう」
グイッと引っ張っられ課長と並走して歩くことに。うへぇ!? 課長が手繋ぎを止め俺の腕に手を回し体を預けてきた。俺、パニック! 片や美女、片や平凡を塗りたくった面構えの男が雨の中傘もささずに寄り添っていたらどうなるか。そう。先程から注目の的なのだ。は、恥ずかしい! 女の子と腕を組んで歩くなんてしたこともないから余計に人の目が気になる。は、早く歩かなければ! と速度を早めるとクスリと笑い声が耳に入った。
「ふふっ。そんなに慌てなくても誰も私達なんて見てないわ」
「で、でも……こんなに降ってるのに傘さしてなかったら怪しむんじゃないでしょうか?」
「それもそうね。まあ、いいじゃない。私は人の目より青井との時間の方が大切だわ。だから青井は私だけを見てたらいいのよ」
「は、はい」
「それに青井ったら体が硬いのだもの。もっと私に委ねてくれてもいいのに。本当に初うぶなのね」
「そ! それは……そうですけど……」
「もう……膨れないの。私は嬉しいのよ? 青井が女の子慣れしてないから」
「………っ」
ふふっと笑う課長はとても愉快そうだ。俺が何をしても女の人と付き合ったことないから可愛いんだろう。でも、課長は? 俺は課長の全てが好きだけど、俺はこんなにたじだじにさせられているのに課長は焦りの一つも出さない。恋愛経験が違うってわかっていても一泡も吹かせられないのが歯痒い。
「青井? 入らないの?」
「あ、入ります」
俺がどうにもならない課長との溝を嘆いているといつの間にか課長宅に着いていたようだ。エントランスを潜り課長の自宅玄関を開けてもらうと甘い香りが鼻をくすぐった。甘い。俺の部屋では一生匂うことのない匂いな気がする。これが女の子の部屋!! 一度上がらせてもらっているのにこの匂いを嗅いだのは初めてな気がする。……そうか。あの時はいっぱいいっぱいで匂いなんて気にしていられなかったのか。
「お風呂入って温まってきたら? お湯は溜めるのに時間かかるからシャワー浴びちゃいなさい」
改めて持ち帰る勢いで匂いを吸おうとした瞬間課長が話しかけてきた。
「ブハッ!! おふっお風呂ですか!?」
「どうしたの?!」
「気にしないで下さい」
「そう? タオルと着替え用意しておくから塗れた服はこっちに置いておいてね」
「はい! ありがとうございます!」
シャワーを浴びると、芯から冷えた体が温まった。用意してもらった服に着替えると、いつぞやの服だった。確かこれって俺の為に用意したとか……大きさとか丈とか合ってるのを見ると課長の目の良さに舌を巻く。俺だったら課長の服採寸間違えして渡しそう。お風呂を頂いた旨を伝えると今度は課長がお風呂に入りに行った。後ろ姿を見送り一人リビングのソファーに腰を掛けているとあらぬ妄想をしてしまう。
課長が今一糸纏わぬ姿に……。は、鼻血出そう。初めて会った時にお風呂を貸した際はそんな不埒なことは想像しなかった。っていうか、出来なかった。したら殺される気がして。でもどうだ! 今ならいくらでも出来る! しても許される! だって課長は俺の彼女だから!!! きゃあ!! 彼女だって!! 一人盛り上がっていると太ももと肩に何かが乗ってきた。うん?
「へ? ………って課長!?」
太ももに左手を置き肩に残った右手とむ、胸が!!!! 際限なく当たっております。……ん? この柔らかさ―――もしかして!! は、ハレンチですわぁー!! ありがとうございます!
「青井……ぅん」
「か、課長……むぐっ」
またもキス! お風呂上がりなせいで甘い香りがより際立っている。柔らかいし当たってる部分とか太ももに置かれた手がスリスリ動いてるのはなんなんでしょう? なんか妙な気分にさせますね。唇が離れると上目遣いの課長が! 鼻からマジで鼻血出そう。
「ベッド行きましょ?」
手を引かれ寝室へ。またまた課長とキスをしてベッドに押し倒すと課長が恥ずかしそうに、でも何かを期待した目でこちらを見つめてくる。さあ、いざ行かん! 大人の階段昇るー……。
今、俺は課長に背を向けてベッドに横たわっている。え? 卒業案件? ハッ!! そんなもん存在するかよ! ええ、ええ! 失敗しましたとも! それが何か!? 何も起きる事なく課長と見つめあっていたら鼻から温かいものがポトリと落ちたんですよ。そのあとはその始末にものすごく時間がかかったというわけですよ! うっうっう。
課長を押し倒しているということにテンションが上がり過ぎたのかそれと比例して体温が上がりまくり血が滝登りをしたらしく、見事に決壊したというのが真実。まあ、鼻血を出してしまったんですね。ムードが霧散するのはあっという間だったしそのあともそんな雰囲気にならなくて大人しく寝ることになったのだ。
グスッと鼻を啜ると、背中から抱きしめられた。身を硬くすると課長が一言。
「気にしなくていいからね。ゆっくり進んで行きましょう?」
「はい」
振り向くことは出来なかったけど、その一言で救われたのは確かだ。
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