2.レミーとブレナンが謎の意気投合を見せる話

 大声に、ディアナとセリカは顔を見合わせる。


『なんてことだ!』


 レミーの、ドア越しのくぐもった声。霊体だった頃のせりかの声に少し似ていた。


『声が大きいです。これは……私の罪でもあるのですから』


 ブレナンの声も負けず劣らず大きい。

 何のために場所を変えたのだろう。ディアナはあきれた。これでは筒抜けだ。


『おう。俺が約束する。ナオミ様のような目に絶対ディアナが遭わないよう、守り抜く。出来なかったらその時は死んで詫びる。ちょっくらアルスの離宮のパーティに細工させてもらうぞ。ブレナン先生、あなたも協力してくれ』


『そういうことなら、喜んで』


「二人とも興奮してるわね」


 セリカがしらけた表情で、自分用に出したティーカップを口に運ぶ。


「でも、意気投合してるみたい」


「男って、謎よね……」


 ディアナの感想に、セリカは遠い目をしている。


「終わったぞ!」


 蝶番をきしませ、まるで突風のように二人が部屋に突入してきた。


「ディアナ、絶対に俺がディアナを守るからな、信じてくれ!」


 レミーはディアナに突撃し、ディアナの手を両手で固く握りしめた。


「えっなにわけわかんない」


「わからなくてもいい!」


 レミーの手にさらに力が入る。


「熱烈ねえ……ディアナ、大切にしてくれる男は貴重よ、レミーのこと、大事にしなさい」


 セリカは生暖かい視線をレミーに送っている。

 セリカまで何だかおかしい。ディアナは意味不明な状況に頭が回らない。


「なんなの一体大声出して……あと手、痛い」


「ごめん!」


 ばね仕掛けのようにレミーはディアナの手を離す。


「ととともかく、ディアナを守るための仕込みが完成するまで、皇太子レーンは寝込んでることにしてくれ。いい感じに俺たちでごまかしておくから!」


 と、レミーが謎のやる気を見せた一週間後。

 仕込み完成の知らせを受け、ディアナとミルキー、そしてミルキーの子分のヒルダ、メリッサ、サラの5人で離宮へ向かうことになった。


「でもなんでレミーは、来ないことにしたんだい?」


 馬車に揺られながら、ミルキーは首をかしげる。


「一番最初に来るって言ったのに、気がかりなことがあるからセリカと一緒にいるって」


「皇太子様、ありがとうございます。裏稼業出身の人間はあたしらと、考えることが違うわ」


「……あのタイプの人間に見られると、ぞくぞくする。あれは、人も、自分も、道具として使える人間。今でも仲良くしてるお客様に、気持ち良くなるためだけの道具として使われるの、好き」


「ヒルダ、もう身体は売らなくていいんだよ! あとレミーにそんな趣味は、たぶん、ない!」


 ディアナが慌てていうと、ヒルダはうっとりした表情でうなずいた。


「うん……だから、愛人契約。皇太子様の仕事を応援しないなら縁を切るって言ったら、みんな、ハンカチも、化粧水も買ってくれたし、身体関係なく、自分の商売のために、化粧水を買うようになった」


「うんじゃないでしょ……宣伝に協力してくれるのは嬉しいけど、無理しないでよ? 他のみんなは、こんなことやってないよね?」


 ディアナの質問に、サラとメリッサが激しくうなずく。


「マネできないわ。そんな暇あったら細工してたいわ……」


「皇太子様、サラ、ヒルダがおかしいだけですの。私たち普通の女の子がマネできるものじゃありませんわよ。それに私は、やっと、体を売らずに済むようになって、皇太子様には感謝しておりますのよ!」


「そうなんですよ! 感謝なのです!」


「ミルキーは?」


「あたしもやってないよ。正直言って、好きでもない男と夫婦みたいなことをするのは嫌いだ。あれしか生きていく方法がないからやっていたけど」


「だよね」


「それにしてもヒルダ、体を張るねえ……ちゃんとキーツ殿は通してるのかい?」


「うん。商売の話をするなら……私よりキーツの方がいい、って伝えてる。あえて私をいじめて仕入れようとする人間は……一回堪能たんのうしてから、縁を切った」


「堪能しなくていいからすぐ逃げなさい、ヒルダ」


 さすがのミルキーも、そっとヒルダから離れる。


「ミルキーねえが心配してくれるのも……好き」


「やめて、ヒルダに言われると素直に受け取れない」


「素直じゃなく……曲がった意味でもいい。ミルキー姐なら抱かれても、いい」


 えっえっ何が始まってるの。ディアナは真っ赤になった。


「ヒルダ……気持ちは嬉しいけどね、今口説かれる気分じゃないの」


「そう……だよね」


 ヒルダもあっさり引き下がる。

 サラとメリッサも、何も言わない。


「……仲、いいんだね」


 女同士で愛の告白があって、何もないというのも気まずい。

 ディアナに、サラがうなずく。


「そりゃ、同じ地獄を潜ってきた戦友だからね。あとミルキー姉、優しいから乱暴なだけの男よりも、いいかも」


「そっか」


 突然の女同士の花園に、ディアナは目を白黒させた。


「皇太子様も仲間ですよ! 私が言うとおこがましいですけど、絹を作る仲間、ですから」


「ありがとう、サラ……でもどんな顔していいかわからない」


「そういえば、このあたりもすっかり片づきましたのね」


 メリッサが話題を変えた。


「この辺、僕たちが最初に会った材木置き場だったかもしれないね」


 ディアナはミルキーたちを雇った時のことを思い出す。

 アルスが離宮を改築するにあたって人を集めた、ほとんど貧民窟スラムになっていたドヤ街。

 今では小綺麗な街並みになっているが、道筋は大きく変わっていないようだ。


「労働者も引き上げて、宿もなくなって……他の女の子たち、どうしているのでしょう。皇太子様だって、全員を身請みうけできたわけではないでしょう?」


「まあ、ね……」


 セリカが何かの考えのもと、身売りをしなければならない女の子を救ったのはディアナにもわかる。

 でも、ディアナの手からこぼれ落ちてしまった女性は?

 あとで考えよう。

 ディアナが頭の整理をつけた時、馬車は離宮についた。

 そのまま一行は、大広間に案内された。


「よく来た我が息子よ! 絹と女達を我に献上することを寛大な心で許そう!」


 敷居をまたいだ瞬間、ディアナはアルスの大声に出迎えられた。

 宴会に参加している大貴族たちは、アルスに喝采している。


「はあ?」


 礼儀も忘れ、ディアナは戸口に立ち尽くした。

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