カーラ(せりか)の章
閑話2.ナオミと教会の新たな悪だくみの話
皇太子が華やかな服を作り、貴族の心をつかんで離さない一方、その売り上げを民の救済に使うという平民の味方でもある行動が評判になる中、ナオミは離宮でかんしゃくを炸裂させていた。
「申し訳ございません、ナオミ様!」
「紅茶が熱すぎるのよ!」
頭を下げるメイドに、ナオミは紅茶を掛ける。
誰も、誰も私のことをわかってくれない!
元気になってほしかったレーンは病弱で、おとなしくしてほしかったディアナは虫取り。
ブレナンは命令すれば言うことを聞いてくれるけれど、肝心なところでいうことを聞かずに、ディアナについて行ってしまった。
「きゃあっ! で、ですがナオミ様、昨日人肌に冷ましてお出ししたときには、ぬるい、と……」
「メイドが主人に口ごたえするんじゃないのよ!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「うせなさい!」
ナオミの一言に逃げたメイドと入れ替わりに、デリックとゴトフリーが部屋に入ってくる。
「ねえ、あの子はなんでいるの? 教会ならうまくやると思ったのに!」
開口一番、ナオミが噛みつく。
「申し訳ございません。ボディーガードと、オーランド様が、レーンをかばったそうです。それによって、かすり傷しか負わせられなかったのでしょう」
「ねえ、見てないの?」
「暗殺者は、全員、
「犬死にを言い換えろなんて頼んでないわよ!」
ナオミがソーサーにカップを叩きつける。
「そ、それよりも、オーランド様が皇太子殿下と結んだことに対して、ナオミ様はどうお思いですか?」
デリックの質問に、ナオミは「いい加減にして!」と金切り声をあげる。
「田舎育ちの! 物の道理がわかってない山猿が、勝手にわがまま娘と会っただけよ! 私はオーランドをあの子に会わせるつもりなんてなかったのよ! 教会がもたもたしてるから、オーランドとあの子が会っちゃったんじゃない! あなたたちが悪いのよ!」
「ですが、それは王妃様が皇太子殿下の動きについて情報をくださらなかったからですよ」
「そうよ! 私は王妃なの! この国で一番偉大な女なの! そして、国母になって世界で一番偉大な女になるの! 神父なんかが私のやることに文句をつけていいわけがないのよ! 偉大な私が失敗するわけなんかないの! 私は貴族のブリュンヒルドより美しいから、メイドの子でも王妃として選ばれたの! 美しい私と話せば、どんな男でもありがたく思って、私を愛して、願いをかなえて、幸せにしてくれるはずなの! だからオーランドは素直になれなかっただけなんだから、私は失敗していないの!」
デリックとゴトフリーはきょとんとして目を見合わせる。
ゴトフリー様、とデリックがナオミに聞き取れないように小声でたずねる。
「オーランド様は……女嫌いですよね。特に苦手なのが、金髪の美人」
デリックたちの目の前では、悲劇のヒロインのようにいかに自分が美しくて、それなのに不幸な目にばかりあっている、と美しい金髪を振り乱して、整った顔をぐちゃぐちゃにした女が叫んでいる。
「オーランドのそば仕えをしていたデリックが言うなら間違いない。ナオミ王妃と話しても、オーランドがありがたがるとは思えん」
「ですよね」
「さっきからなによ! こそこそと!」
ナオミが二人のひそひそ話に気づき、かんしゃくの矛先が二人を向く。
「……王妃様の美しさについて話していただけでございます。今日、われわれは非力によって、王妃様にこれ以上尽くして差し上げることができないので、これで失礼いたします」
「ひとりにしないでよ! なんでブリュンヒルドも、レーンも、オーランドも、私を置いていくの!」
ヒステリーを起こしたナオミを置いて、二人は退出した。
「このままナオミ様の路線で行くと、まずいのでは? 彼女は……正気とは思えない」
帰りの馬車で、デリックがぼそりとつぶやく。
「ああ。ナオミ様はオーランドがどのような人物なのか、わかっていらっしゃらなかったようだ」
「ノーデンでのオーランド様の所業をご存じなら、誰も教会にオーランド様を推薦などいたしませんよ」
「ナオミ王妃の望みは、自分が皇太后になることだけのようだからな」
「しかし……レーン王子が実は女だということを公表して失脚させたとしても、ナオミ王妃と組み続けるなら、次の王は、オーランド様ということに……」
道がへこんでいたのか、馬車が大きく揺れる。
「次の王がオーランドというのも、教会としてはまずい」
オーランドはノーデンで、教会と戦うことで異国人の命を救っている。
そして、彼の従者は、旧世界の遺物を扱う方法を、もしかすると教会以上に知っている。
彼らの存在は、教会の信仰の源泉である、教会が独占する神秘を暴き出し、ただの物にするという点で、教会の脅威だ、という点でデリックとゴトフリーの見解は一致している。
「教会としては、ナオミ王妃の夢は、あきらめてもらう方がよろしいですな」
デリックにゴトフリーがうなずく。
「せめて公の場で皇太子レーンの化けの皮をはがさなければ」
「そして、それはオーランドの失脚をもたらすものであれば、なおよいでしょう。異国の存在を知った人間を、生かしておけば、教会が信仰を集めている根拠である、聖伝を疑うものが」
「教会独自の行動を起こそう」
数日後。
【皇太子レーンとノーデン領主オーランドに異端の疑いあり。教会の馬車によって大聖堂は出頭せよ】
オーランドとディアナのもとに、正式な教会からの呼び出し文書が届いた。
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