30.オーランドがディアナの後ろ盾になることを宣言する話
この人、私をディアナとして扱ってくれるんだ。
そう思うだけで、ディアナは涙が止まらなかった。
「……ナオミ王妃もレーンはいなくなった、とおっしゃっています。ディアナ様、とお呼びできれば何よりなのですが、セリカさんから、あなたはレーンのふりをしなければ生きられないとも聞いていますので、どのようにお呼びすればよいかわからないのですが、少なくとも、今のあなたが皇太子であることに間違いはないだろう、皇太子様」
オーランドはあっさりと言い、泣き続けるディアナにやっと気が付いた。
「こ、皇太子様?! なにか悲しませるようなことを申し上げてしまったでしょうか?」
「いいえ。なにも。むしろこれは、うれし涙です……ううっ、ひぐっ」
「ディアナはな、ナオミ王妃によって皇太子に仕立て上げられた。ブレナン先生はきょうだいのことを大切に思っていたようだが、なぜかナオミ王妃には逆らえず、ディアナは、名前を奪われ、表向きには死んだことになっていた」
また泣き出し、息を詰まらせたディアナを、レミーが引き継ぐ。
「だが、ディアナは今の今まで、自分らしく生きるために布石を打ってきた。まだ16の子供が、大人に混じってよ。暗殺者も差し向けられて、死にかけたりまでしてよ。そいつが一つ報われたところだ。泣いちまっても、責めないでやってくれ」
「それは……仕方のないことだ。何も見なかったことにする」
オーランドはそう言っって、気が付いた。
「そうだ、セリカは、セリカはどうなるんだ? 俺が皇太子様をディアナ様だと認めたと聞いたら、泣くのか?」
レミーは肩をすくめる。
「この国で二番目にえらい人間を泣かしたことより、振られた女の機嫌を気にするとはな」
「何と言われてもいい。で、実際どうなんだ?」
「レミー、大人に意地悪するのはやめてあげて」
ディアナにたしなめられ、やれやれといった風にレミーは口を開く。
「喜ぶと思うぜ。セリカは。ナオミ王妃より、まじめにディアナの保護者やってる。人間の体を取り戻す前からな」
「わかった」
「何がわかったんだ?」
「セリカを泣かせたくない。だから、俺はすべてを貸そう。騎士も、利益も」
ディアナが息をのむ。
「武器なき預言者は死ぬ、という古い格言がある。だから、俺が武器になる。セリカ……皇太子殿下の」
「あ、ありがとうございます!」
「自動織機も献上しよう。絹の織り手が失業しないよう、変化した後のことも考えよう」
「そうですね!」
「あ、あと……非公式でいいので、西部アメリカ共和国との国交のことも……考えてもらえたら」
フォーサイスが恐る恐る口をはさむ。一気に場が和む。
それからの話し合いは、未来の展望を話し合う明るいものになった。
皇太子が教会からの刺客に襲われたことと、ノーデン領主オーランドと皇太子レミーが組んだ、という知らせは、活版印刷で王都中に知らされた。
嘘だろう、と思っていた大貴族たちも、ノーデンから騎士や、自動織機が王都に持ち込まれるさまを見て意見を改めた。
それと同時に、ディアナは工場の建設費用を出してくれれば、その工場があげた利益を投資額に応じて分配する、という宣言を出し、豪華な暮らしをする一方、国王アルスの贅沢に付き合わされ、実のところ借金ができ始めていた大貴族たちを味方につけた。
絹の物珍しさもなくなり、そろそろ勢いが落ちる、と反対派が噂している中、皇太子は腕のいいデザイナーを雇い、ドレスから男性用の礼装まで、品よく美しい服を絹だけで作り、服の流行を作ることで絹の在庫を余らせないことに成功した。
今や、舞踏会で皇太子がどのような装いで現れるのかということが、社交界の話題の中心である。
同時に、絹の肌触りのよさから、肌着や子供服を作り、ミルキ-たちの訪問販売を通じて奥方に化粧品と一緒にお勧めするなどの地道な営業努力も忘れない。
ついでに、貴族のものより少し質を落とした絹の服を、金持ちの商人向けに売り、平民も差別しないとアピールしつつ、孤児院や、修理されていなかった橋や、農業用水路といったものに絹で稼いだ金を寄付し、金持ちだけを皇太子が相手しているわけではないと知らしめるのも同時並行する。
王都の真の流行は皇太子のもとにある。
そう言われるようになるまで、時間はあまりかからなかった。
教会はその間、皇太子が絹を作ったことに対して、下っ端が勝手に異端と判断し、皇太子を独断で襲いに行った、とだけ発表し、形式的な謝罪文と、教皇に非はないという自己弁護を発表しただけだった。
だから、当事者以外の誰もが、ナオミ王妃がこの件にかかわっているとは思わなかった。
大貴族の中には、ナオミ王妃に皇太子が無事でよかった、などとあいさつしに行くものさえいた。
それに対してナオミはヒステリーで応え、ナオミ王妃御乱心、のうわさが社交界を駆け巡った。
この状況に対して、教会やナオミが新たな手を打たないわけもなく。
王都は、嵐の前の静けさに包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます