16.オーランドにフォーサイスがノーデンに来た理由を告げる話

 セリカとオーランドの関係は、いろいろと複雑そうだ。ディアナは引き下がる。


「わかった。もう聞かない」


「それで、箱に閉じ込められちゃったから、隙を見て逃げ出したの。本当は海に沈んでいなかった外国から人が来て、オーランドも外国人も、教会に捕まったときに」


「色々あったんだね」


 教会が伝える絹の娘のことも、神父は結婚しない清らかな男性だということも、外国が海に沈んだということも、全部嘘だったってこと?

 もう、ディアナはいっぱいいっぱいだった。


「外国人の話はまた後でするわ」


 セリカは一仕事終えた、とばかりにお茶をすする。

 ディアナは、セリカが話したことの中で、一つだけ引っかかることがあった。


「でもさ、セリカはどうしてオーランド様に、絹の話はしなかったの?」


「そもそも蚕が、固まってペンダントになってしまっている一匹しかいなかったし、私自身、私はペンダントの中に入ってしまった幽霊だと思っていたの。それに、ディアナはクワコの交配ができたけど、オーランドはできないから」


 オーランドより優れているところがある、とセリカに言われ、ディアナは少し誇らしかった。


「紅茶のおかわり、いる?」


「いる」


 ティーポットから、なみなみと紅茶がカップに注がれる。


 *


「紅茶をありがとう」


 オーランドはニールが入れた紅茶に、ノーデン産の白砂糖を入れる。


「さ、砂糖があること、何度見ても、慣れません。教科書で見た、ヨーロッパ中世、そっくりなので」


 オーランドの正面に座る、濃い肌の色をした人間が驚いたように言う。


「そうだ。あなた方に比べればまだまだ未開だが、我々ははるか太古のままではないのだ。ハジメ・フォーサイス殿」


「で、ですよね、オーランド様」


「フォーサイス殿。あなたの目から見て、ノーデンはどのような土地か?」


「と……とても住みやすいですよ。失礼。どもりました。技術こそ発展していませんが、人種差別がない」


 ノーデンの人たちは、一度フォーサイスの肌色に慣れたら差別が全くなく、それもフォーサイスにとっては有難かった。


「意外だな」


「はい?」


「フォーサイス殿のことだから、身分制を批判すると思った」


「身分差別よりも、じ、人種差別の方が、ひどいと感じられます。私の知り合いは、肌の色のせいだけで、ひどい扱いを、同じ身分のはずの人間から受けます。私が貴族の館以外のノーデンを、知らないだけかもしれませんが」


 それはそれとして、とフォーサイスは話を変える。


「か、蚕のペンダントは、まだ見つからないのでしょうか?」


 オーランドは甘いはずの紅茶を、苦い顔で飲み干す。


「ああ。まさか、あれが賢い女の幽霊が取り憑いただけの、幸運のお守りどころか、聖伝に書いてある『絹の娘』だったとはな……」


 ノーデンと西部アメリカ共和国が国交を結び、フォーサイスがオーランドの相談役について、2年。

 二人は内外の事情について情報交換を行い、その中には、ノーデンでは伝説とされている『絹の娘』の真実もあった。

 『不死の娘』は、物理的な存在として、いる。

 どこぞの聖書でしか記述のない存在ではない。


 あったのだ。『不死』は。

『不死の蚕』を皮切りに、おそらくは動物のすべての種から『それ』が出現した。

 ごく若い雌で、といっても生殖可能な年齢であり、叩き潰しても絞め殺してもめった刺しにしても、時が巻き戻るように復活する存在。

『不死の娘』が。


 そしてそれは、人間ですら例外ではなかった。


 人間の『不死の娘』から『不死』を手に入れるために、世界中が大混乱に陥り、戦いが止まらず、人類の文明は急速に後退した。


「蚕のペンダントを、ひと目でも見たいという思いで、私はここにやってきました。どうか、諦めないでください」


「それについて、詳しく話してもらえるか?」


「はい」


 フォーサイスは、今までの人生をオーランドに伝える。

 世界中の混乱と戦争と衰退を経て、それでもなお人種差別は根強く残った。

 黄色人種と黒人のダブルのフォーサイスは、どちらの人種のグループにもつまはじきにされ、母国では居場所がなく、生きづらかった。


 しかも、フォーサイスには親類以外の前ではどもりまくる癖があった。

 それでも──むしろそれだからこそ──必死で勉強と研究と経歴を重ねて、ここまでやってきた。

 それは、夢を叶えること。

 フォーサイスの夢は、『不死』を手に入れた唯一の存在を、自分の目で見ることだ。

『不死の娘』から限定的な『不死』を手に入れた人間、河原せりかを。


 ハジメ個人としては、不死の蚕そのものは、ほしくない。

 地球全体があそこまで大混乱に陥り、それを手に入れるために戦闘を続け、それでも『不死の娘』から不死を手に入れた人間は、いなかったのだ。

 それに、自分の手に不死の蚕が転がりこんできても、自分は無力な民間人だ。国が買い取ってくれるならいい方で、強欲な人間に殺されて奪い取られる可能性だってある。

 それくらいなら、いろいろと退行しているものの、きちんと統治されていて、海のかなただからどの国も手出しできない新グレートブリテン王国の人間が、なくならないよう不死の蚕を管理している方がいい。

 だから、見るだけでよかった。


 ただ一つの例外。

 限定的とはいえ、『不死の蚕』から『不死』を手に入れた存在。

 どういう勘違いが起きたのか、この国では『不死の娘』に嫉妬して害した罰で、天国にも地獄にもいけなくなった存在とされている。

 が、実際のところは不明確な原理で肉体が時間の流れから取り残されている、というのが西部アメリカ共和国の物理学者の見解だ。


「オーランド様、急報です!」


 ニールが、召使いが持ってきた手紙を、オーランドの前に差し出す。


「見てもいいですか?」


「はい!」


 レミーは、手紙をテーブルの真ん中に置く。

 手紙の差出人は、ゼントラムのレーン王子である。

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