32.オーランドが毒でやられる話
ディアナの目に飛びこんできたのは。
自分たちの後ろへと離れていく、王都の城壁だった。
「えっ」
がたん、と馬車が揺れ、布が引っ張られ、一気に破れる。
オーランドとレミーの目にも、城壁がはっきりと見えた。
「ねえ、この道、明らかに大聖堂とは逆だよ!」
「そうだな、おい御者、どこに向かっている!」
オーランドが壁をたたき、御者に呼びかける。
「そりゃ、教会の旦那がたから指示された場所に……」
オーランドが後ろを向いた瞬間。
「皇太子様、お覚悟! ノーデンで受けた恥、ここでそそがせていただきます!」
座席のクッションの下から、ゴトフリーが異臭を放つ剣を抜き放った。
居合の要領で、剣はディアナに向かって最短の経路を取る。
「何しやがる!」
レミーがディアナに覆いかぶさりつつ、隠し持っていたナイフで剣の軌道をそらす。
むなしく空を切った剣から、青臭い異臭を放つ液が馬車の床に垂れる。
「毒だ、まずい!」
レミーの警告。
「異端審問にかける気もなく、ここで殺す気か!」
オーランドはゴトフリーを馬車の扉ごと外へ突き飛ばし、ついでにゴトフリーが重心を崩し、力を一瞬抜いてしまったのを見逃さず、剣を奪う。
「仕方がない、ここでやっておしまいなさい!」
異端審問官ゴトフリーの号令に、周りのほろ馬車から一斉にならず者たちが現れ、ディアナたちのいる馬車に襲いかかった。
「馬車の中から連中を引きずりだせ!」
「殺すなよ。殺したやつも異端だ!」
次から次へとならず者はやってくる。
オーランドは、戦えないディアナを馬車の中に残し、ゴトフリーを投げ飛ばして開けた穴を最終防衛ラインにするという戦術をとった。
「きりがねえ!」
レミー奪った武器を投げ、加勢の数を減らす。
「ああ。受け流されるばかりだ。いっそ攻撃したくれた方が隙ができる!」
ただし傷つけるのではなく、ディアナたちをさらおうとしたようで、なかなか踏み込んでこない。
そのかわり、薄い斬撃を何度も入れようとしてくる。
おかしなことは、もう一つ。
オーランドの剣がかすめた程度で、バタバタとならず者が倒れていく。
「うう……皇太子を斬り付けて、自分から自分が女だって言わせれば……でもなんで男が自分のことを女っていうんだろう」
「俺たちは教会の戦士になって絹の一統どもに目にもの見せてやるんだ!」
聞いてもいないのに、ならず者は疑問やら願望やらを叫んでは倒れる。
「さすがはノーデン領主。慣れない剣でも大立ち回りだな!」
「人殺しで褒められても嬉しくはない! だが、異常だ。人間はこれほど簡単に倒れないはずだ。もっと抵抗があるほうが当たり前だ」
レミーがオーランドを冷やかせるほど、動けるならず者の数は減る。
「ああ。楽なドンパチ過ぎて、裏以外感じねえ。できれば誰か生け捕りにしろ、洗いざらい聞き出せ!」
「わかった!」
オーランドがレミーに返事をした瞬間。
「隙ありだぜ!」
倒れていたはずのならず者が起き上がり、オーランドの左腕に向けて剣を振る。
「しまった!」
オーランドは回避するもよけきれず、左の二の腕に血がにじむ。
「逃がすか!」
レミーがナイフを投げる。
「ここでやられるわけにはいけねえ! あばよ!」
ならず者はレミーのナイフをはじき、逃げていく。
「てめえ!」
レミーはオーランドの横に立ち、ナイフを拾ってまた投げる構えを取る。
その右腕を、オーランドがつかむ。
「深追い……は……やめ……ろ」
出血はそこまででもないのに、オーランドは蒼白になっていた。
「どうした!」
ろれつは回らず、唇は紫になり、オーランドはその場に倒れた。
「やりやがった! 毒だ!」
「何かできること、ある?」
ディアナは男性陣二人に馬車から出してもらえていないため、何が何だかわからない。
「ディアナは馬車の中で待機してくれ! 毒が溶けた血に触れたら、ディアナもやられるかもしれない!」
「でもここでレミーが応急手当をしたら……みんな、教会に捕まっちゃう」
ならず者側も、オーランドが倒れたのを見て、なぜか馬車から離れていった。
「おい、あれ、死んじまったンじゃねえか?」
「お前何してくれてんだよ! これで俺たちも地獄行きじゃねえか!」
「ち、違う! 神父様の言う通り、剣に薬をちょっとぬっただけなんだ!」
「嘘つけ! 手柄欲しさに勝手に毒を塗ったんだろうが!」
ならず者たちは仲間内でリンチを始めた。
「同士討ちはやめてください。今がチャンスですから!」
ゴトフリーの制止もむなしく「うるせえ! こいつを殺せば俺の取り分が増える!」とならず者はリンチをやめない。
どうなるんだこれ。ディアナはレミーと顔を見合わせる。
その時。
「教会の馬車を襲う不届き者どもが! 我らが剣のサビにしてくれるわ!」
ならず者たちの怒号をかき消す凛とした号令が、その場を制した。
よろいかぶとに身を包んだ騎士が二十騎ほど、こちらに向かってきている。
「な、なぜここに騎士団が……この街道は騎士団の巡回ルートから外れているはずなのに!」
ゴトフリーのあわてた声とは裏腹に「それはそうですね」と静かな騎士の声。
「おあいにく様です。隣の街道を通る行商人から、教会の馬車が襲われているという通報を受けましたので」
ほとんどの騎士たちがならず者を制圧する一方、オーランドたちのもとに、二騎の騎士が駆けつける。
「オーランド様! 助けに来ました!」
「フォーサイスさん? それにこの騎士たちはいったい?」
「それは、ブ……」
「サイファー団長のおかげです! 大聖堂の周りを見張ってもオーランド様はいらっしゃらない、となって、そんな中、こっそりとオーランド様と皇太子殿下をつけさせていた護衛から、何だかとんでもない場所に馬車が向かっている、という報告が来たので、駆け付けました! オーランド様の手当ては我々がしますので、あなたは皇太子様を守っていてください」
「わかりました」
レミーは馬車に向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます