21.王妃とオーランドが口げんかする話

 なにがなんでも皇太子の代わりが欲しい、ということか。オーランドは、やっとのこと王妃の話を理解した。


「まだレーンは若いし、前の王様は子供ができなくて、私の夫で前の王様の弟の、アルスが継ぐことになったでしょう? 兄と弟は逆だけれど、あなたにも王位継承権を持っていてほしいの」


 そう言われるとオーランドは反論できない。


「あくまで……あくまで王子に何かあったときの代わりということでしたら務めます、レーン王子は有能な方です」


「レーンになにかあったときね……そう……」


 王位につく気は全くない。だが、皇太子という後ろ盾を失ったカーラのことは心配だ。


「はい。あくまでも、いざという時の代役として、です。彼のやっている事業も、人間を交代させることなく、そのまま引き継ぎましょう。混乱が最小限になるように」


 こういえば、もしなにかあってもセリカのことも安心だ。


「そう。レーンに、何かあれば、ですのね」


「はい。平和な世の中です。何事もないと思いますが」


 オーランドとしては、皇太子はレーンのままであり、自分はもしもレーンが病気になり、セリカの後ろ盾としての力を失ったとき、セリカたちを引き取る、ということを王妃に伝えたかった。


「そうでしょうか?」


 ナオミの目が怪しく光る。

 あの目の色は、自分を裏切ったデリックと同じだ。

 オーランドは直感した。

 デリックは自分が年老いていくことが怖くなり、不老不死を求めて、教会にすがるようになった。

 なにかは分からないが、この王妃も、自分を皇太子にすることで、何かひとりよがりな願いを叶えようとしている。

 この話には、これ以上乗ってはいけない。オーランドは決意を固くした。


「何か良からぬことを考えるものがいなければ、ですがね。もしそのような人間がいれば、私は臣下として皇太子様をお守りするのみです」


「まあ怖い。そんな人、おりませんわ」


 王妃の目が泳ぐ。


「いもしない賊の話は置いておきまして。オーランドは、皇太子に会う予定はあるの?」


「お茶会を開き、皇太子様に仕えている人間に対して謝罪の場として出向こうと考えています。会場は、皇太子様から指定されました」


「どこですの?」


「若草の間です」


「いい場所よ……私もよく、お茶会をしたわ。レーンが絹を発表するまでは」


 それから王妃は、レーン王子が生んでもらった恩も忘れて私に冷たい、ということを小一時間オーランドに愚痴り続けた。

 これだけねちっこければ、確かに遠ざけたくなる、とオーランドは皇太子に同情する。


「オーランドは、後宮に入っても私を追い出したりしないわよね? おばあさまじゃなくて、本当の母親と一緒に過ごす時間を、大切にしてくれますよね?」


 王妃は少女のような、うるうるとかわいらしくうるんだ瞳でオーランドを見上げる。

 この人、母親ということは、俺より年上だよな。

 あまりのあざとさに、オーランドは一周回って冷静になる。

 俺がセリカと最初に会った時が24で、セリカと二年過ごして、セリカと別れてから二年なんだから……もう28だ。

 俺のいとこのルーシは、22でもう結婚していて、24で子持ちだ。

 いくら女嫌いでも、俺、このままだと、嫁さんいないままで30だ。

 息子扱いより、何か難があるおっさん、として扱われかねない自分に気づき、オーランドは冷や汗がたれる。


「ナオミ王妃。そもそも私は後宮に入る気などございません。ですので、そう言った家族の時間は、皇太子殿下とお過ごしください。私は血のつながりこそありますが、もう母に甘える年ではなく、妻とともに歩むべき年です」


「でも、まだ奥さんはいないじゃない。皇太子になれば、よりどりみどりだと思うのだけれど」


 その言い方に、オーランドはカチンとくる。

 セリカ以外の女を愛する気はない。オーランドは机をたたく。


「ナオミ王妃、いざという時の代理にはなるといったじゃないですか。私には、心に決めた人がいます。だから、その人と結婚するまでは独身を貫きます。それに、跡継ぎがいないのはノーデンもこの国も一緒です。ですから、私が優先すべきは、私の結婚と、それによるノーデンの跡継ぎづくりです!」


「そんなの、皇太子になってからでいいじゃない!」


「皇太子殿下はもういらっしゃるでしょう!」


 オーランドが反論すると、ナオミは「なんでそんなことを言うの!」とヒステリックに叫んだ。


「もういや! どうしてこんな風に、レーン以外の私の子供は性根がねじまがってるの! 私の、夫に愛されたり、子供に愛される普通の女の幸せはなくなってしまったかわりに、国母になるっていう幸せをつかまなきゃいけないの! オーランド、いいこだから、わかって!」


 それは自分より年上の女性のものだとは思えないほど、幼い願望だった。


「そうおっしゃるなら、皇太子レーン殿下と仲睦まじくお過ごしになればいいでしょう!」


 その瞬間、ナオミの顔色がすさまじいものに変わった。


「レーンは、もういないの! 今のレーンは、偽物なの! だから本当は皇太子なんかじゃないの!」


 それから王妃はひゅう、ひゅうと風のような呼吸を繰り返し、ばたりと倒れた。


「王妃様の体調が悪いようなので、今日のところは退出させていただきます」


 そう言って、オーランドは離宮を後にした。


「王妃との話し合いは、どうでしたか?」


 肌の色を理由に門前払いを食らったフォーサイスが、オーランドに尋ねる。


「この国によくいる貴族の権力争いのようだ。くだらない。ただ、あなたに不死の蚕と会えるきっかけをくれたことは、感謝すべきだろう」


「……お疲れ様です」


「義理の母よりまともかと思ったが、同じ種類の人間のようだ。子供に愛される普通の女の幸せがなくなった代わりに、国母になるんだとよ」


「普通の女の幸せ、ってなんなんでしょうかね」


「少なくとも、俺の実の母も、義理の母も、セリカも、結婚は幸せではないようだ」


 フォーサイスは首をかしげる。


「ぜ、全員、普通の女の人じゃないと思います」

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