20.王妃とオーランドが会う話

「それ、は……」


 オーランドがしどろもどろになっていると、赤毛の女と、初老の男がやってきた。


「皇太子様、この人、セリカに何したんですか?」


 赤毛の女が皇太子に話しかける。


「セリカの助言があったからノーデンを発展させられたのに、セリカを追い出して、そのくせ復縁しようとした」


「ってことは、私たちが娼婦をやらなきゃいけなくなったのもこいつのせいじゃない! 冷血野郎! 二度とセリカに近寄んな!」


「サラ……言いすぎだよ」


「いや、面目ない」


 オーランドが頭を下げていると、初老の男が皇太子に一歩近寄る。


「どうかしましたか皇太子様? セリカ様が、すさまじい勢いで、自室に!」


「少し彼と話をする必要があるんだ。だから、皇太子とノーデン領主が公式に会うことができて、お互いの部下を連れていても大丈夫な格式の部屋を用意してほしい」


「今すぐに、ですか?」


「申し訳ないが、王妃陛下と会う予定がある。日時をこちらで指定させてもらえないだろうか?」


「構わない」


 皇太子の許しを得て、初老の男は口を開く。


「でしたら、若草の間においでになってください。形式がありますので、こちれに都合がいい日時を後ほどお知らせください。招待状を送らせていただきます」


「ありがとうございます」


 ひと騒動あった後、オーランドは肩を落として王妃の館に向かった。


「あら、道に迷われましたの?」


「……まあ、そんなところです」


 オーランドはうわの空だった。

 王妃と会っている緊張感から、父やデリックに叩き込まれた貴族流の話し方こそ崩れていないが、王妃の話の内容はほぼ理解していない。「世間話ばかりじゃつまらないし、本題に入るわね」と、王妃。


「オーランドは、王妃たるわたくしと、アルス王の実子でございます。今までに、母として申し出られず、寂しい想いをさせてごめんなさいね?」


 美しく可憐に着飾った王妃から伝えられたことは、予想通りだった。


「い、いえ、ナオミ王妃、寂しいと感じる年でもありませんし、そのことなら父……いえ、祖父から教えていただいております。ノーデンでも多くの人に支えていただいておりますし……」


 聖母のような微笑みに、オーランドはどう対応していいのかわからなかった。

 母親といえば、王の血筋が欲しいあまりに自分を欲望の対象にした母親と、女騎士かつ領主としても有能なブリュンヒルドしかオーランドは知らない。


「遠慮しなくても……母上、と呼んでくれてもよろしいのに」


「……いえ、私とナオミ王妃の関係は、公にはなっていないでしょう。そのような呼び方は、世の中を無駄に騒がせ、民を疲れさせるだけです」


 オーランドとしては、やんわりとナオミをたしなめたつもりだった。


「あらなんて寂しい……オーランド。そう言うのなら、私、前々から考えていたのだけれど、あなたは私とアルスの長男なのだから、あなたを第一王子、つまりは皇太子として迎えたいの。そうすれば、オーランドだって、わたくしのことを遠慮なく母上、と呼べるでしょう?」


 予想が外れた。

 だが、どうして今? 皇太子として迎えたいなら、前の王が死んだ時に……いや、声かけは来ていた、とオーランドは思い出す。

 ナオミではなく、前ノーデン領主の祖父経由だったが、来ることには来ていたのだ。

 その時は外交の忙しさやカーラに捨てられた寂しさや、あまりにも予想外な自分の生まれに動揺してしまった。

 この程度で動揺するなら、国など治められはしない。そう思って、断ったのだ。

 そして今は、カーラのために、この話を断るべきだ、とオーランドは考えている。


「それは……あまり賢明とはいえませんね。ナオミ王妃」


「どうして? 今まで大切にできなかったお兄ちゃんを、これまでのお詫びも込めて、わたくしがあげられる最高のものをあげよう、ってだけなのに」


 少女のように王妃は首をかしげる。

 カーラを使いこなしたことでレーンのことは高く評価している。

 まだ若いが、俺の前で、カーラ―—セリカを自分の部下としてきちんとかばってみせたし、人の上に立つリーダーとしての素質は、もしかすると自分以上にあるかもしれない、とオーランドは思う。

 そんなことより。

 レーンの地位が下がるとセリカが殺される可能性が上がる。

 彼女の知識は、旧世界のものだ。最悪の場合異端審問にかけられて、魔女として殺されかねない。

 教会に殺されかけたフォーサイスを見ているから、オーランドには、自分がレーンの代わりに皇太子になれば、この想像が現実になるとわかっている。

 今こそ皇太子という後ろ盾によって守られているが、それがなくなれば、セリカはノーデンでさえかくまえない。

 これ以上セリカに、ひどいことをしたくない。だからせめて、皇太子レーンのもとで幸せにくらしてくれ。

 オーランドの内心の望みは、そんなところである。


「地位、というものはプレゼントとは話が違うのです。民は、風にとばされる紙のように弱いもの。だから、文鎮ぶんちんを置いて紙を押さえるように、地位の高い我々が守らなければなりません。重すぎる文鎮ぶんちんは紙を痛めますし、むやみに文鎮ぶんちんを取り換え、文鎮ぶんちんが安定しないときに風が吹き、紙が飛べば文鎮ぶんちんの意味がありません。その点、レーン王子はうまくやっておられる。わざわざ私がレーン殿下と交代する理由がございません」


 自分よりも、セリカとうまくやっていることも認めなければいけない、とオーランドは苦い気持ちになる。

 自分より地位も高い。セリカの方が皇太子より年上だし、貴族の家柄でもないから世継ぎや権力闘争の関係から皇后にはならず、愛妾の一人かもしれないが、自分と結婚するより幸せになるだろう、というところまで考えてしまう貴族の発想が、オーランドには嫌になる。

 どうしてカーラが自分以外の男の横で笑っているのかここまで気に食わないのか、オーランド自身よくわからない。


「でも、文鎮ぶんちんがなくなったときのために、予備の文鎮ぶんちんを用意する必要はあるでしょう?」


 無邪気に王妃は言う。


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