19.オーランドがカーラと再会したけど振られる話

 新たな人間があらわれ、震える少年にオーランドは笑いかける。


「心配するな。この人は俺の執事だ。君はこれから、執事見習いとしてノーデン城に仕えてくれ」


「執事、新しい彼の身元を用意しろ。教会に、彼の正体を気づかれないように」


「承知しました。ノーデンの田舎出身で、教会との関係は一切ない、ということでよろしいですか?」


「かまわん」


 オーランドと執事のやり取りに、少年は勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございます!」


「なに、雇いたいから雇っただけだ。まずは俺の部下として―—」


 オーランドは下がったままの少年の首から、毒々しく輝くロザリオを外し、床に投げて踏みつける。

 つちぼこりで、ロザリオの輝きがかげる。

 少年は、息をのんだ。


「オーランド様? ばちあたりですよ!」


「こんなロザリオは、いらない。神の奇跡を語るための十字架なら踏めないが、これは、神父たちが君に非道を強いるための印だろう?」


「……ですけど」


「だったら、いくら神のしもべのものとはいえ、大切にしてやる義理はない。教会が尊敬されているのは、人が神によって救われる道を説き、誰よりも正しい行動をしているからだ」


「で、でも神父様は、自分は神のしもべだから正しいって」


「それは、逆だ。考えてみろ。その神父は、君に盗みを命じたんだ。盗賊になったならず者と、同じことだぞ? それは、正しいのか?」


「……正しく、ないです。間違ったことです。でも神父さまは間違ったことを一回でもしたら地獄に落ちるから正しい私に従えって……だから、俺、誰にも言えなくて……」


 少年はうつむく。

 幼い自分そっくりだ、とオーランドは思う。

 美しく完璧な女主人だった義理の母親──当時は義理ということも知らなかった──に毎晩虐待されていることを誰にも言えなかった、あの頃。

 自分に危害を加えてくる存在がいなくなっても、自分は大丈夫だ、と思えない限り、心が虐待に慣れてしまっているから、自分の心の中で辛い日々を続けてしまうのは、悪夢の経験からオーランドはよくわかっていた。


「神父でも、人間である限り間違うことはあるんだ。それに、君はノーデンに逃げてきたし、私に自分があったひどいことについて話すこともできている。教会に仕えてきた君は、もういないんだ。だから君は、何も間違っていない」


 間違っていない、というオーランドの言葉に、少年は顔を上げる。

 こころなしか、表情が明るくなっている。


「一回間違えても、やりなおせますか?」


 オーランドは力強くうなずく。

 やりなおせる。そのはずだ。一回間違いをして、反省して、正しいと思えることを積み重ねてきた。

 だから、やりなおさせてくれ。カーラ。


「やりなおせる。だから、君はこれから、私の部下として、自分で考えて、正しいことをするように心がけるんだ。これは、君の主君として俺が与える、最初の命令だ」


「はい!」


 元気よく返事した少年を執事に任せ、オーランドは今度こそ王都行きの馬車に乗った。


「どうしてカレーとコーヒーとチョコレートなんですか? 王妃様への贈り物よりも、包みが立派ですし……こ、この国には、存在しないものばっかりですよ? 香りも強いし、ど、毒だと勘違いされたら……」


 王都に入り、その三つが入った包みを取り出せる場所に用意させたオーランドに、フォーサイスが首をかしげる。


「正体がわかる人間が、一人だけいるだろう」


「そ、それは……」


 たしかに、皇太子に絹の作り方を教えた人間が、不死の蚕を食べた河原せりかなら、三つとも知っている。


「フォーサイス殿、質問だが、蚕のえさになる、マルベリーの葉の収穫は、この季節にもやっているのか?」


「は、はい!」


 オーランド様はもしかして、不死の蚕を見たいという僕のために尽力してくださっているのかな?

 フォーサイスが期待に胸をときめかせる中、オーランドは「後宮へ」と御者に指示を飛ばす。


「領主様、王妃様が指示されたのは、王都のはずれの離宮だったはずですが……あと、後宮は今、皇太子さまが全面的に管理してらっしゃっております」


「王妃がいるなら後宮が当然だろう、と田舎者なもので思ってしまった、と王妃と皇太子には申し開きをしておけ。後宮の庭園……皇太子が桑畑にしているあたりを通る門から、後宮に入ってくれ」


「わかりました」


 オーランドの馬車は、桑畑の中を通っていく。

 ちょうど桑畑の中では、何人か女性が作業している。

 金髪の少年と、黒髪の女性が作業の手を止め、こちらを見ているのにオーランドは気が付いた。


「馬車を止めてくれ。ニール、贈り物を」


 オーランドはそう言うやいなや、馬車から飛び降りた。

 そのまま、黒髪の女性―—セリカの前に駆け寄る。


「カーラ!すまなかった、許してくれ!」


「何言ってるのよ!」


 オーランドは、右の頬に熱を感じる。


「ノーデンの今の半分くらいは私のおかげなのにあんなひどい扱いして!」


「悪かったって思ってる!」


 カーラにはたかれたことに、口が動かしずらいことでオーランドはやっと気づく。


「嫌い嫌い、だいっきらい!」


 セリカはそう言い捨てて、後宮の中に逃げ込んでいく。


「オーランド様! カーラ様への贈り物を持って……きまし……た」


 息を切らしたニールの声。


「私、皇太子なんだけど。さっき逃げた女の人は、カーラじゃなくて、セリカ。どういうつもりで、私の部下に絡んだんだ?」


 少し高い、それでぞっとするほど冷たい声に、オーランドはこの場には皇太子がいることに、やっと気が付いた。


「そこの君がオーランド、ってあなたのことを呼んだってことは、あなたがオーランド・ガーディンか?」


「はい。ノーデン領主のオーランド・ガーディンでございます……レーン・サリンジャー皇太子殿下」


 オーランドがひざを折ると、皇太子は不快そうに口をゆがめた。


「あなたも、私をそう呼ぶのか……気にしないでくれ。申しひらきをきこう」

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