18.オーランドがカーラ=せりかだと確信する話
「どうした?」
この少年は聖職者の服を着ている。教会からの使者だろうか? とオーランドは思う。
だが、普通の教会の使者は大人で、子供一人ということはない。
しかも、ノーデンは中央教会と今、縁を切っている。
フォーサイスを殺そうとしたことと、ハーヴィーの出産によって明らかになった神父による子供に対する虐待が理由だ。
中央教会からノーデンに対する返答はないが、干渉も今のところはない。
だが、あの十字架、どこかで見たことがあるような気がする。思い出せないが。
オーランドが考え込んでいると、少年はさらに地面は頭を近づけ、ロザリオは隠されてしまった。
「オーランド・ガーディン様宛の手紙と、伝言を持っております!」
「伝言?」
「オーランド様のみに伝えよ、とのことでした!」
「くせもの! オーランド様に近寄るな」
何だか怪しい、と思ったらしく、ニールがオーランドと少年の間に割り込む。
そのまま少年の胸ぐらをつかみあげたニールは、少年を無理やり起こし、はっとしたように手を離した。
「……ハーヴィーがつけていたのと、同じ十字架だ」
そうだ、あれは、神父が虐待する少年に、目印として与えるものだ。
オーランドは辛すぎてふたをしていた記憶を、やっと思い出せた。
これは人前でできる話ではない。
「ニール、彼と、二人にさせてくれ」
「わかりました」
部屋へ移動し、オーランドは口を開く。
「伝言、とはなんだ?」
「ええと……何かの暗号だと思いますけど、オーランド様にだけ効果がある呪文って言ってました」
「言ってみろ」
「悪夢の内容を知られたくないでしょう?」
「誰がそれを言ったんだ!」
オーランドは声を荒げる。おびえた少年が「ひっ」と震えた。
絶対にだれにも知られてはいけない、オーランドの秘密。
これを知っているのは、自分か、カーラだけだ。
「手紙を書いた人から伝えられました。その人は皇太子殿下に心からおつかえしています」
「この手紙を書いたのは、どんな人だ?」
カーラに体はなかったはずだ。もしかしたら、カーラは誰かに話をしたのかもしれない。
自業自得とわかっていても、オーランドにはそれが怖かった。
「変な人……黒髪で、顔の半分を布でおおってて、肌がなんだか黄色っぽい人」
「どっちをおおっていた? 右か、左か」
「俺からみて左手側だから……右の顔」
「……カーラだ」
ハーヴィーが死んだとき、カーラが見た悪夢。
その中で、カーラは顔の右側を大やけどしていた。
「カーラ? 彼女は、セリカって呼ばれてましたよ? なんだか、絹の娘を食ったとかおかしなことを言っていたから、よくおぼえてます」
「あれは本当のことだ」
カーラ本人だ。少なくとも、誰かにオーランドの悪夢について、言いふらしているわけではない。
オーランドは全身の力が抜けるのを感じた。
ひと安心だ。カーラは、なぜかは分からないが、体を取り戻して、皇太子のもとで、安全に生きている。
たったそれだけで、オーランドはなんだか気分が楽になった。
「……だったら、ノーデン領主様に、本当のことを話したら、助けてもらえるっていうのも……」
「本当だ。中央の教会に、引き渡しなどしない」
オーランドが言い切ると、少年はぼろぼろ泣き出した。
「ごめんなさい皇太子様……絹を盗もうとした俺を、助けてくれるなんて……俺のことを助ける義理なんて、皇太子様にはないのに……おれ、ひどいことたくさん言っちゃった……」
「皇太子様は、優しいのだな。きっと、きっと君のことも許してくれるさ」
そういって、オーランドは少年の背中を撫でる。
きっと、許してくれる。カーラも。
オーランドが、自分に言い聞かせていることでもあった。
カーラにまた拒絶されたら、自分は生きていけるのだろうか。
そう考えてしまうほど、カーラに会えない日々は、かえってオーランドの中で、カーラの存在を大きくしていた。
「じゃあ……全部話します。俺、神父様の側仕えに取り立てられたんですけど、間違えて、神父様の服を汚しちゃったんです。それで神父様は怒って、俺に、このロザリオを押し付けてきたんです。絹の事をどうにかしなければ『奉仕』しろ、って」
「奉仕? それは、神父と夫婦のようなことをする、ということかな?」
「なんでわかるんですか?」
「前、君と同じロザリオを持っていた子が、神父からノーデンまで逃げてきたとき、話してくれたんだ」
「じゃあ、オーランド様は、『奉仕』候補や『奉仕』経験済みの少年は、神父様たちが目印にするために、磨いたりして特別によく輝くロザリオを身に着けさせられるんです。勝手に捨てたら……『奉仕』よりひどい目に遭う、ってことも知ってるんですか?」
「……それは初耳だ」
教会は、非合理的なことをするばかりか、子供たちをしいたげて、何がしたいのだろうか。
オーランドはこぶしを握りしめる。
「話せることは、全部話しました。だから、助けてください、オーランド様」
「わかった」
オーランドは執事を呼び、少年を紹介。
「誰っすかこの人、俺を教会に引き渡す気じゃあ……」
少年は、知らない人間にすっかり怯えきっている。
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