22.オーランドがセリカに未練たらたらな話
フォーサイスに義理の母も、実母の王妃ナオミも、セリカも普通の女ではないといわれ、オーランドは動揺した。
「ど、どういうことだ?」
義母は義理の息子を性的虐待していたから普通じゃない、というのがオーランドには真っ先に浮かんだ。
「ま、まず義理のお母様は身分が高い方で、身分が高いということは、少数派ということで普通じゃないんです。ナオミ王妃は……なんというか、こだわりが普通じゃありません。ノーデンの人は肌で僕を差別しなかったのに、ナオミ王妃は僕を肌で差別した」
フォーサイスに、自分の過去はばれていない。オーランドはほっとした。
話していないから当然だ。
なぜか肌が触れ合っていただけで、悪夢を共有してしまったカーラがおかしいだけで。
「カーラ……セリカが普通じゃないのは、言うまでもないな」
「セリカさんは……行動力が、普通じゃないです。オーランド様、毒がないとわかっていても、虫を飲み込めますか?」
「無理だ」
悪夢のことがばれていないのに安心するような、話が通じていないことがもどかしいような。
オーランドが微妙な気持ちを抱えているうちに、王都での宿、オーランドのいとこのルーシの屋敷に馬車はついた。
「で、王妃様との話はどうだった?」
ルーシの問いかけに、オーランドは勢いよく赤ワインをあおる。
「なんか、不幸自慢だった」
たまにはいとこ水入らずで、という周囲の配慮により、ルーシとオーランドはバルコニーで二人、グラスを傾ける。
「どうしてノーデン領主を呼びつけるかねえ……一応おれの嫁さんは、前の王様の娘だから、おれのほうが王家には縁がありそうなんだが」
オーランドにワインを注ぎながらルーシが首をかしげる。
そういえば、自分の実の母親がナオミだということを知っているのは、義父で祖父のノーデン前領主だけだった、とオーランドは思い出す。
王位継承権などいらないので、法律上祖父が父のままでも特に問題がないため自分の生まれについても、悪夢と同じように誰にも話していなかった。
そうだ。悪夢だ。そして、カーラ。
「王妃の気まぐれに付き合わされたことより、行きがけの道でカーラにひっぱたかれたことがな……」
「おい、オーランド、女の名前を言ったな? あの女嫌いのオーランドが女にひっぱたかれるなんて一体どういうことだ?」
ルーシが身を乗り出す。
「……長くなる」
といっても、カーラが実は蚕のペンダントだった、などという話は悪夢のことも話さないといけなくなる。
そんなわけで、オーランドができたのは、ノーデンの発展に助力してくれて、ケンカをしてから行方知れずになっていたカーラという女性がいて、今はセリカと名乗って皇太子に仕えていることを知ったから押し掛けた、という話だった。
自分で話して、ひたすら自分が身勝手でどうしようもない男にしか思えなくなって、オーランドの声はしりすぼみになっていった。
「ほうほう。オーランドが首ったけになる美人ねえ」
ルーシが面白がっている気配を感じて、オーランドはためいきをつく。
「そういうんじゃない。美人は、苦手だ」
「女嫌いというか、フレーデグンデさんで基準が上がりすぎて普通の女が全員不細工に見えてるんじゃないかと思ってた」
「その名前を言うな。義母のせいで女も美人も嫌いになった」
「すまん」
「……でも、カーラだけは、違った」
オーランドは、ワイングラスをじっとのぞき込む。
ゆらゆらと自分の姿が映る。カーラとはずいぶん違う、とオーランドはため息をつく。
「そうがっかりするな、女なんて星の数ほどいるだろう、特に美人じゃないのなら。お前なら選り取り見取りだぞ」
「他の女が星々ならカーラは月にも等しい、比較にならん」
「ダメだ重症だ」
ルーシは天を仰ぐ。
満点の星空が、ワイングラスに映り込んでいる。
「天罰の遂行を祈って、乾杯」
同時刻、ナオミの離宮。
ナオミは星が映り込んだワイングラスを掲げた。
「乾杯」
ナオミの盃に、そっとゴトフリーがグラスをあわせる。
部屋のすみに控えていたデリックが、ナオミとゴトフリーが干したグラスに、なみなみとワインを注ぐ。
さやかな星の光の中、男同士が友情を深めているのと同時に、悪だくみも進んでいた。
「全く自分の思い通りにならないし、好き勝手にしてばかりなのよ。お飾りの皇太子として、ずっと黙ってくれればいいのに」
「その通りでございます」
ナオミにゴトフリーが相槌を打つ。
「ですが、後釜にオーランド様、というのはいかがなものかと……」
デリックの言葉に、ナオミは
年老いたデリックでもくらりと来る、どんな男でも酔いそうな女の表情だった。
「あらデリック。心配なの? オーランドはね、この国を治める器がないって、自分で認めてる無能なの。だから、皇太子になればおとなしくしてるはずよ」
「そうでしょう。そうでしょう。全ては、無駄に旧世界を知っている女、ブリュンヒルドの入れ知恵でしょう」
ブリュンヒルド、という名前を聞いた瞬間、ナオミはワイングラスを投げ捨てた。
「あのあはずれ。私を見捨てた女。オーランドまでたぶらかして。ノーデンの隅っこのアフェクの領主夫人に収まっちゃって!」
「ナオミ様!」
デリックがあわててガラスのかけらを拾い集める。
「でも、私はこれから国母になるから、問題ないの。でも、ディアナはもう、いらないの」
「ディアナ?」
いぶかしげなゴトフリーの声を無視して、ナオミは笑う。
「あの子は、殺されちゃうの。神様の使いの手によって。あっははははははは!」
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