23.フォーサイスが不死の蚕を見る話
闇の中の悪だくみは、まだ続く。
「その通りです。教会が手出しできない皇太子レーンに、神の裁きを下すのです」
ゴトフリーは、ナオミと調子を合わせる。
「ねえゴトフリー様。あなた、異端審問官なのでしょう? 皇太子レーンを、異端として破門してしまうことはできなかったの?」
「ええ。最初に皇太子が絹を作っている、という情報を掴んだ時はその方向でしたが、セリカのスピーチで、全てが台無しになりました」
「どういうこと?」
「『皇太子レーンに絹が授けられたことは、旧約と新約の次に神が人間に下されし、聖伝と、天使の子孫が合わさったことによる奇跡なのです』とセリカが口にしたことにより、皇太子の行いを否定することは、聖伝と王家を敬う、我々教会を否定することになってしまうのです。してやられました」
「全く、こざかしいわね」
「その通りです。ですが、神のしもべは、神父や見習いの少年だけではないのです。他に、教会は奇跡を起こすための、しもべをもっているのですから」
「そのしもべを、若草の間に放ってくださるのでしょう?」
「ええ。その身を持って皇太子レーンに味わってもらいましょう。そして、オーランド領主には、皇太子になりたいがゆえに、レーンを暗殺したという、汚名を差し上げましょう」
「ええ、その通りよ。そうすれば、全部私たちの思い通り!」
ゴトフリーは暗く笑む。
「奇跡、とは実在するものなのですよ」
*
「で、実在することを証明するために、不死の蚕をもってこいって? 謝りにくる側はオーランドなのに、ちょっと調子に乗りすぎじゃないかな、セリカ?」
オーランドから送られてきた、日付を伝える手紙に、ディアナはまゆをひそめる。
「わがままな下の者にも、気前よく応じつつ、釘を刺すところはきっちり刺すのよ。それが良い上の者よ、ディアナ。でも、どうしてあれが不死の蚕だとわかったのかしら。今は気にしないことにするけど」
「はぁーい。でも夢みたいだなぁ。森の奥で見たオーランド様が、私の下の人間だなんて」
「……そうよね。あ、ディアナ、ここのハジメ・フォーサイスって人も招待して」
「なんで?」
「外国から来た人なの。ディアナ、今の外国がどうなってるか、知りたいでしょ?」
「あっ知りたい!」
「だから、今はチャンスなの。オーランドに謝らせつつ、許す条件として、フォーサイスさんに外国の話をしてもらうの。いつか、ディアナはこの国の王様として、外国と付き合うことを考えなきゃいけないから、このチャンスは活かした方がいいわ」
と、不死の蚕を持ったセリカとディアナが若草の間に向かっている間。
若草の間では、フォーサイスとオーランドが応急セットを椅子の影において、顔を見合わせていた。
「ルーシ様より、ナオミ王妃に不穏な動きあり、オーランド様に対する暗殺計画の可能性、と言われたから応急キットと防刃ベストを着てきましたが……どうなんでしょうか?」
「わからない。正直、貴族同士の付き合いが苦手だから、民に尽くしてきた自覚は、ある」
「でも、ルーシさまは本当に心配していらっしゃると思いますよ。ナオミ王妃と口げんかした、と聞いた瞬間『お前何してんだ、ここの貴族は、ちょっとむかつく! と思っただけで相手を殺す連中ばかりだ。フォーサイスさん、海の向こうの不思議な道具があれば、それでオーランドを守ってやってくれ』と、深く頭を下げてくださるなんて」
「ルーシはお調子者だが、そこらへんの礼儀はしっかりしてるぞ」
「ええと……なんというか、白人の方に頭を下げてもらえるなんて、この国に来るまでなかったものですから……」
フォーサイスは目を伏せる。
「皇太子殿下の、おなーりー!」
微妙な空気を、召使いの号令がかき消す。
オーランドとフォーサイスは立ち上がり、儀礼通りに頭を下げる。
「大儀であった、ノーデン領主。そして異国からの客人よ」
できるだけ低い声でディアナは言う。
それから儀礼的なあいさつが続く。
「皇太子殿下におかれましては、先日の無礼を寛大にもお見逃しいただき、感謝の念を新たにするばかりです」
やっとのことで謝罪の言葉をオーランドは口にすることができた。
「でもそれ、私に対してではなくて、セリカに対してだよね」
「彼女が不死の蚕を持っていることは、これで証明できるよ」
皇太子は小箱の中から白い蛾を取り出した。
「この蛾は、ノーデン領主が持っていた蛾のペンダントと同じ種類か?」
「はい。動いているので、自信はありませんが」
オーランドの答えに、皇太子はうなずく。
「では、これが不死の蚕だと証明しよう」
オーランドが止める間もなく、皇太子は蛾を握りつぶす。
ぶち、と皇太子の手の中で嫌な音がして、得体のしれない汁が垂れる。
「ああっ……」
フォーサイスの悲鳴と同時に、皇太子が手のひらを開く。
そこには、見るも無残な蛾の残骸があった。
「話はこれからだ。よく見ろ」
皇太子の言葉に、フォーサイスは恐る恐る残骸を見つめた。
目を凝らすと、皇太子の手のひらについた蛾の体液らしきものが、ざわざわ
残骸は
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