23.フォーサイスが不死の蚕を見る話

 闇の中の悪だくみは、まだ続く。


「その通りです。教会が手出しできない皇太子レーンに、神の裁きを下すのです」


 ゴトフリーは、ナオミと調子を合わせる。


「ねえゴトフリー様。あなた、異端審問官なのでしょう? 皇太子レーンを、異端として破門してしまうことはできなかったの?」


「ええ。最初に皇太子が絹を作っている、という情報を掴んだ時はその方向でしたが、セリカのスピーチで、全てが台無しになりました」


「どういうこと?」


「『皇太子レーンに絹が授けられたことは、旧約と新約の次に神が人間に下されし、聖伝と、天使の子孫が合わさったことによる奇跡なのです』とセリカが口にしたことにより、皇太子の行いを否定することは、聖伝と王家を敬う、我々教会を否定することになってしまうのです。してやられました」


「全く、こざかしいわね」


「その通りです。ですが、神のしもべは、神父や見習いの少年だけではないのです。他に、教会は奇跡を起こすための、しもべをもっているのですから」


「そのしもべを、若草の間に放ってくださるのでしょう?」


「ええ。その身を持って皇太子レーンに味わってもらいましょう。そして、オーランド領主には、皇太子になりたいがゆえに、レーンを暗殺したという、汚名を差し上げましょう」


「ええ、その通りよ。そうすれば、全部私たちの思い通り!」


 ゴトフリーは暗く笑む。


「奇跡、とは実在するものなのですよ」



「で、実在することを証明するために、不死の蚕をもってこいって? 謝りにくる側はオーランドなのに、ちょっと調子に乗りすぎじゃないかな、セリカ?」


 オーランドから送られてきた、日付を伝える手紙に、ディアナはまゆをひそめる。


「わがままな下の者にも、気前よく応じつつ、釘を刺すところはきっちり刺すのよ。それが良い上の者よ、ディアナ。でも、どうしてあれが不死の蚕だとわかったのかしら。今は気にしないことにするけど」


「はぁーい。でも夢みたいだなぁ。森の奥で見たオーランド様が、私の下の人間だなんて」


「……そうよね。あ、ディアナ、ここのハジメ・フォーサイスって人も招待して」


「なんで?」


「外国から来た人なの。ディアナ、今の外国がどうなってるか、知りたいでしょ?」


「あっ知りたい!」


「だから、今はチャンスなの。オーランドに謝らせつつ、許す条件として、フォーサイスさんに外国の話をしてもらうの。いつか、ディアナはこの国の王様として、外国と付き合うことを考えなきゃいけないから、このチャンスは活かした方がいいわ」


 と、不死の蚕を持ったセリカとディアナが若草の間に向かっている間。

 若草の間では、フォーサイスとオーランドが応急セットを椅子の影において、顔を見合わせていた。


「ルーシ様より、ナオミ王妃に不穏な動きあり、オーランド様に対する暗殺計画の可能性、と言われたから応急キットと防刃ベストを着てきましたが……どうなんでしょうか?」


「わからない。正直、貴族同士の付き合いが苦手だから、民に尽くしてきた自覚は、ある」


「でも、ルーシさまは本当に心配していらっしゃると思いますよ。ナオミ王妃と口げんかした、と聞いた瞬間『お前何してんだ、ここの貴族は、ちょっとむかつく! と思っただけで相手を殺す連中ばかりだ。フォーサイスさん、海の向こうの不思議な道具があれば、それでオーランドを守ってやってくれ』と、深く頭を下げてくださるなんて」


「ルーシはお調子者だが、そこらへんの礼儀はしっかりしてるぞ」


「ええと……なんというか、白人の方に頭を下げてもらえるなんて、この国に来るまでなかったものですから……」


 フォーサイスは目を伏せる。


「皇太子殿下の、おなーりー!」


 微妙な空気を、召使いの号令がかき消す。

 オーランドとフォーサイスは立ち上がり、儀礼通りに頭を下げる。


「大儀であった、ノーデン領主。そして異国からの客人よ」


 できるだけ低い声でディアナは言う。

 それから儀礼的なあいさつが続く。


「皇太子殿下におかれましては、先日の無礼を寛大にもお見逃しいただき、感謝の念を新たにするばかりです」


 やっとのことで謝罪の言葉をオーランドは口にすることができた。


「でもそれ、私に対してではなくて、セリカに対してだよね」


「彼女が不死の蚕を持っていることは、これで証明できるよ」


 皇太子は小箱の中から白い蛾を取り出した。


「この蛾は、ノーデン領主が持っていた蛾のペンダントと同じ種類か?」


「はい。動いているので、自信はありませんが」


 オーランドの答えに、皇太子はうなずく。


「では、これが不死の蚕だと証明しよう」


 オーランドが止める間もなく、皇太子は蛾を握りつぶす。

 ぶち、と皇太子の手の中で嫌な音がして、得体のしれない汁が垂れる。


「ああっ……」


 フォーサイスの悲鳴と同時に、皇太子が手のひらを開く。

 そこには、見るも無残な蛾の残骸があった。


「話はこれからだ。よく見ろ」


 皇太子の言葉に、フォーサイスは恐る恐る残骸を見つめた。

 目を凝らすと、皇太子の手のひらについた蛾の体液らしきものが、ざわざわうごめいている。

 残骸はうごめきながら少しずつ縮んでいって、潰れたの形を取り戻していく。何度かまたたきしているうちに、もとの白い蛾の姿に戻った。

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