35.コーヒー、カレー、チョコレートの話

 セリカがいることを感じ取ったようで、オーランドは暴れるのをやめ、すう、と穏やかに眠った。

 それから数日。

 お昼のために食堂にやってきたセリカを、フォーサイスが自分の横に呼び寄せた。


「オーランド様の容体は安定してきました。この様子だと、2、3日以内には正気に戻る、と思います。セリカ様が寄り添ってくださったおかげです」


「寄り添った……発作のたびに呼びつけられた、ってところが正確だと思うけど」


 セリカはクマができた目の下をこする。

 深夜でも、オーランドが発作を起こすたびにセリカは起こされ、手を握っていた。


「発作をおさえて無駄な体力を使わずに済んだから、回復が早まったんですよ。セリカ様は、オーランド様にとって、一番の薬です」


「薬、かあ……レミーの言う通りだったのかもしれないわね、ある意味」


「ど、どんな意味ですか?」


 フォーサイスに答えず、セリカは召使いが運んできた昼食を黙々と食べる。


「たまってしまった仕事があるから、そろそろ帰っていいかしら?」


 セリカは召使いに食器を渡しながら、無表情にそういった。


「そ、そういうことでしたら……お引止めはできない、ですね」


 フォーサイスにうなずいて、「じゃあ、帰りの馬車を手配してもらえる?」と、セリカはイスから腰を浮かせる。

 

「あ、待っててください!」


 ニールがどこかへ走っていく。

 戻ってきたニールの手には、一抱えほどの箱があった。


「これ、オーランド様から、カーラ……いいえ、セリカ様への贈りものです!」


「これ……どういうもの?」


「本当は、王都にきてすぐに渡そうとなさっていらっしゃいましたが、いろいろあって渡すのが遅れてしまい、申し訳ありません!」


「看病のお礼じゃなくて?」


「あ、お、お礼です! 看病の! こうでもしないと、カー……セリカ様、オーランド様の贈り物、受け取ってくださらないと思ったので!」


「ニール、頭よくなったんじゃないの? 昔、ハーヴィーの後ろに隠れてたのが信じられないわ」


 セリカにほめられ、ニールははにかんだように笑う。


「そ……それは、昔の話です。オーランド様のおかげで、いろいろ勉強させてもらいましたから。あと、フォーサイス様とオーランド様の話を僕なりに考えると、僕が教会から解放してもらえたのは、セリカ様のおかげだったんじゃあないか、って思ってるので、僕なりに感謝の気持ちを伝えたい、っていうのもあって、この機会に渡させてもらいます」


「オーランドの許可、なしでいいの?」


「これに限っては、セリカ様に渡したことさえはっきりしていれば、許してもらえるはずです」


「そう? 突き返すのもここの貴族のやり方だと、皇太子様がオーランド様、つまりは部下からの献身を拒否した、ってことになって失礼になるから……もらっておくわね」


 セリカはプレゼントを受け取り、王城に戻った。


「お帰りセリカ。オーランド様は、よくなったの?」


 ディアナにセリカはうなずく。

 セリカの部屋でテーブルの上のオーランドからの贈り物を見ながら、二人でここ数日の話をする。


「そうみたいね。まだ正気には戻っていないけど、命の危険はなくなったから、もう帰ろうかな、って思って」


「看病、どうだった?」


「よくわからないけど、フォーサイスさんいわく、私が一番の薬だったんですって」


「レミーみたいなこと言うなあ……ところで、オーランド様からもらったプレゼント、一体何なのかな?」


「ノーデン名物詰め合わせじゃないの?」


「まあ、開けてみようよ」


 包装のリボンやら何やらをほどくと、白木の箱が現れる。

 装飾も何もない、シンプルなものだ。中からにおいがする、なんてこともない。


「この箱何かしら」


「貴族とか、裕福な商人が贈り物をしあう時に普通に使う箱だね。ってことは、大切なのは中身じゃない?」


「開けてみるわよ」


 セリカがふたを取ると、色鮮やかなパッケージが目に飛び込んできた。


「なにこれ? こおひい、かれえ、ちょこれえと? なんなの? 黒い液体と、白と茶色のシチューと、茶色いお菓子? ノーデンにはこんなものがあるの? というか、食べ物なの?」


 ディアナがきいたとき、セリカはふたを持ったまま、小刻みにふるえていた。


「覚えてたんだ、オーランド。私の好きなもののこと」


「え、初めて見るものばっかりなんだけど」


「まあ、そのはずよ。旧世界のものだから」


「外国って、ほんとにあるんだ」


「なあに? 私が教えてきたじゃない」


「うん。知識として知ってたし、フォーサイスさんの肌の色がまっ茶色だったりするから、たぶんあるんだろうなあ、とは信じてたけど、肌の色が濃いとか薄いとかは、あくまで個人の体質じゃない? だからさ、この国にはない物が、海の向こうにはあるんだ、って感じられたの。初めて」


「そうよね……」


 ディアナの言葉に、セリカは考え込む。


「こんな貴重なもの渡せるってことは、わたしがどこにいるかわからなくても渡そうと用意してたってこと?」


 セリカの手からふたが落ち、テーブルに当たって音を立てる。


「まって……そんなの……ありえないでしょ!」


「セリカ?」


「ごめん、今日はここまでよ、またね!」


 ディアナがは何が何やらわからないまま部屋を追い出された。

 一番の謎は。

 セリカの顔が、真っ赤になっていることだった。

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