36.オーランドとセリカが和解する話

 ディアナが追い出された後。

 うー、あーといった奇声や、バタバタと部屋中を歩き回る音だけが聞こえてきた。


「セリカ? 大丈夫なの? 毒がうつってたりしない?」


「だいじょうぶう……ちょっと、動かないといっぱいいっぱいになってるだけで……」


「運動? 運動がいるんだったら、庭に出る? いま、あんまりおもしろい花とか咲いてないけど」


「外には出られない……こんな顔、誰にも見せらんない……」


「え、もしかして顔が赤かったのって、やっぱり、毒がうつってたんじゃあ……」


 セリカが心配だ、ディアナがセリカと戸一枚を挟んで出る出ないと言い争っていると、半笑いでレミーがディアナの肩をたたいた。


「ディアナ、セリカは確かに病気だ。でも命にはかかわらないし、一人でそっとしておく方が早く治る」


「そんなものなの? でも病気なら、オーランドさんに文句言わなきゃ」


「……えーと、病気は病気でも、セリカさんのは、普通とは違う」


「え?」


「恋の病だよ」


 やけにかっこつけた表情でレミーは言う。

 部屋の中から、ドアに向かって重たいものが投げつけられたらしく、廊下中に雷鳴そっくりの音が響いた。


「……レミー」


「何でございましょうかディアナ様」


 ディアナの絶対零度の視線に、レミーは凍り付いたように背筋をカチコチに伸ばす。


「今度ふざけたら、王城中のトイレ掃除してもらうよ」


「……うす」


 オーランドが回復しつつあるという知らせと、セリカが戻ってきたことで、気楽な時間が王城に戻ってきた。

 セリカの挙動不審が収まってきたころ、一通の手紙がディアナのもとに届いた。

 全快したオーランドが、皇太子に礼を言いにくる、とのことだった。


「この度は、手厚く見守っていただき、何とお礼を申し上げたらよいかわかりません。こちら、お礼の品です」


 オーランドはディアナに頭を下げる。


「なにこれ?」


「両目で覗く望遠鏡です、双眼鏡、とフォーサイスは言っていました。毒に倒れた時に、皇太子様からの援助があったからこそ、ここまで回復できました」


 看病に来てくれたと聞いているセリカにもオーランドはお礼を言いたかったが、この場に彼女はおらず、オーランドは軽くがっかりした。

 ただ、ニールから彼女にコーヒー、カレー、チョコレートの詰め合わせを渡したと聞き、少なくとも自分の気持ちはセリカに渡せた、と分かって、オーランドはほっとした。


「それはお互い様だよ。フォーサイス様の機転がなければ、私は助からなかったし」


「ありがとうございます」


「でもさ、お礼を言ってほしい人はいるかな」


「どなたですか?」


 ディアナは「誰だと思う?」といたずらっぽく笑う。


「まあ、行けばわかるよ……あなたに会いたくない、って逃げちゃったんだけどさ」


 オーランドがディアナに説明された道順を進んでいくと、桑畑に囲まれたあずまやがあった。

 そこに、そっぽを向いた黒髪の女性。


「カーラ、まだ怒っているのか?」


「誰の事?」


 つっけんどんに返され、そう言えば彼女は、自分が彼女の名前を発音できなかったからカーラ、と名乗っていたことをオーランドは思いだした。


「すまなかった、セリカ。いろいろと。どう謝ったらいいかわからないこともあるし、そもそも、俺が王都に来なければ、ナオミ王妃が暗殺者にディアナを襲わせることもなかったんだ。だから、全部俺が悪い。すまなかった。俺が悪いのに、看護しにに来てくれてありがとう。セリカ」


 頭を下げるオーランド。居心地悪そうに、セリカは視線をそらす。


「……急にしおらしくされると、どうしたらいいかわからないわ」


「セリカに、俺はどう見えてたんだ?」


「領地のために冷静かつ、合理的な判断を下す人。でも、いやな思い出を毎晩悪夢に見てしまうくらい繊細なところもある。そして、その時だけは感情的。で、仁義にあつい。約束は、基本的に守る人」


「どうしたら、許してくれるか?」


「抱きしめてキスしてくれたら許してあげる」


 オーランドはセリカを無言で抱き寄せる。


「え。ちょっ……待っ」


 何か言おうとした口を、自分のくちびるでふさぐ。

 強引な口づけが終わると、セリカは「ぶはっ」と息を吐いた。


「なんか……アメリカの兵隊と付き合ってた友達の気持ちがわかったかも」


「ほかの男の話か?」


「……女の子よ」


 何だか甘い空気を漂わせる「二人を、遠くからそっと覗く二人がいた。


「こんなことに、フォーサイスさんからのお土産使っていいの?」


 顔を赤くしながら、ディアナがレミーにたずねる。

 レミーはにやりと笑う。


「高性能望遠鏡だろ、本来は両目でのぞくらしいけど、半分こ、な!」


「でも、こういうの……」


「でも、恋の病って言った理由わかるだろ?」


「うん。レミー、人間のなまぐさい話と浮いた話には鋭いよね、やっぱり」


「ほめられてんのか? けなされてんのか?」


 やいのやいのと言い合って、二人で顔を見合わせて笑う。

 それが、ディアナが屈託のない笑顔を見せた、最後になった。

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