12.教会の少年を尋問する話

「どう見ても、教会関係者だよね?」


 ディアナの目に真っ先に飛び込んできたのは、銀色の、鏡のように輝くロザリオだった。

 少年の胸の上で、それは毒々どくどくしいほどきらめいている。


「ええ……それに、このロザリオ、わけありね」


「わけあり?」


「皇太子様、どいて。死んでないか、確かめる」


 ヒルダが少年に駆け寄り、容体を確認。


「うん。服の手触りが……絹。教会の子。気絶してるだけで、大怪我はしてない。上手な落とし方」


「ありがとう?」


 サラは微妙な顔だ。


「とりあえず、しばって牢屋に運ぼう」


「ロープを探してきますの」


「……じゃあ、縛るのは、私が」


  少年はヒルダによって異常に手際よく縛り上げられ、一番近い牢屋ろうやに放り込まれた。

 脱走防止のため、牢屋そなえつけの足かせも追加して彼を拘束する。


「私は彼から話を聞きたいけど、どうしよう? 全員ってわけにはいかないし……」


 ディアナの言葉に、ミルキーが手を上げる。


「わたしが付き添う。一番最初に彼を見つけたから、嘘をついたら真っ先にわかるし」


「ミルキー姉が付き添うなら、私たちは倉庫の片付けするよ。いいよね、メリッサ、ヒルダ?」


「いいよ」


「ありがとうございます」


 三人は牢屋から出て行く。

 入れ替わりに、ブレナンとレミーが駆け込んできた。


「大丈夫か? なんともないか?」


 そう言いながらレミーはディアナを両手でなではじめた。


「レミー? 抱きつかないでって! あの子を取り押さえたのはミルキーだよ。私、後ろから見てただけだから!」


 ブレナンがわざとらしい咳払せきばらいをする。


「……レミー。目に余りますよ」


「すまんディ……皇太子様!」


 レミーは素早くディアナから離れた。


尋問じんもんなら揺さぶり方を俺は知ってる。付き添うぜ」


「……皇太子さまが、心配なので」


「ありがとう。レミーも、ブレナン先生も」


「ねえ皇太子様、私のこと忘れてない?」


 その声で、ディアナはここにいるもう一人の人間の存在を思い出した。

 セリカはふくれっ面だ。


「ごめんって。ところで、セリカはどうするの?」


「私も付き添うわ。あの少年、教会関係者の中でも特にわけありっぽいから」


「わけあり?」


 ディアナが聞き返したとき「ううう」と少年が動き出した。


「うう……あちこち痛いよ。神父様、いいつktここどこ? 動けない?! しばられてる! どうなってるの?!」


 少年が目を覚まし、もぞもぞと動き始めていた。


「ここは王城の牢屋だ。君の名前は? どこの誰に仕えているんだ?」


「誰が言うかよ」


 ディアナは質問したが、少年は口を閉じてしまった。「おいおいそりゃないぜ」と、レミー。


「なーんにも話さない、ってことはお前、訓練された盗賊団の人間なんだろうなー。王城に忍び込めるってことは、きっと別のところでもたくさん盗みをして、何にも悪くない人からいろいろ奪ってきたんだろうなー。きっと、その服もロザリオも、教会から盗んできたんだろうなー。うーん、どう考えてもお前は大罪人だ。教会と皇太子から盗みを働いてるんだから、問答無用で縛り首くらいがちょうどいいかなー? もしこれが初めての盗みだったら、何年か鉱山こうざんで穴掘りしてればいいんだけどなー?」


「ジャック。大聖堂で、聖歌隊をしてる。盗みは初めて!」


 レミーの脅しに、たまらず少年は叫ぶ。


「さーて、なんで教会の坊ちゃんが絹なんて盗みにきたのかい?」


 牢屋の石の床の上で、少年は震えている。


「神の意志だ!」


「具体的には? 声が聞こえたの?」


 ディアナの指摘に「ぐっ」と少年は言葉をつまらせる。


「神父様の指示だ! 神父様の服を汚したのが俺だから、代わりの絹を持ってこい、さもなきゃって!」


「……服くらい洗えばいいじゃねえか」


 レミーの冷めた声。


「き、教会のしもべを、こんな目にあわせたら、じ、地獄に落ちるぞ! 神のしもべを、ぶ、侮辱ぶじょくするなぁっ!」


 少年はおびえた猫のように、警戒心と敵意を隠そうともしない。


「君が神のしもべなら、僕は天使の子孫なんだけどなぁ」


 ディアナは肩をすくめてみせる。「ひっ」と少年が悲鳴をあげる。


「神は盗みを禁じてなかったか? 聖書で」


 レミーのあきれ声。元盗賊のレミーが言うの、とディアナはつっこみたかったが、我慢する。


「神のしもべのくせに、神が人のものを盗んじゃいけません、って言ったのを無視するのか? お前、本当に教会の人間なのかよ」


「あたりまえだ! 絹の服だって着てるし、神父様から特別なロザリオだってもらったんだぞ!」


「絹の服なら私も持っているんだけど」


 ディアナの挑発に「うるさい!」と教会の少年は叫ぶ。


「だったら、教会から盗んだんだろ! お前が!」


「少年、口をつつしみなさい。そもそも、誰も教会に絹をあげたりはしていないわ。世界が海に沈んだ後、偶然教会だけが絹を持っていただけなのよ!」


 セリカの怒声に、誰もが驚いた。


「お前がセリカか! 皇太子様をだました、悪い女だって神父様が言ってたぞ!」


「へえ。私のことは、皇太子様をだました女、って言ってたのね」


「そうだ!」


「へーえ、それだけしか知らないの?」


「全部だろ! 神父様は、全部知ってるんだからな!」


「絹の娘を本当に見つけたのは、私よ」


「うそでしょ……」


 ディアナは耳を疑った。

―—悪い人間によって神の祝福は台無しになります。ある女が、老いないその娘の一人に嫉妬しっとしたのです。彼女は絹を授かった不死の娘を見出した男の、恋人だったそうです。神の奇跡を人がしたうのは当然のことですが、彼女にとっては不死の娘に男が心変わりした、と思ったのでしょうね。その女は、絹を授かった娘を亡き者にしようとしました。しかし、相手は不死の娘です。怪我でも病気でも神の奇跡でたちどころに治ってしまいます。その女は『食べて己の血肉にすれば、生き返ることはない』と思い、実行してしまいました。

 この国で、教会が聖伝としている内容だ。

 それが、嘘だったなんて。ブレナンも知らなかったらしく、彼も驚きに固まっている。


「だけどね、夫に横取りされたの。結婚した奥さんの、顔の半分を焼いてまで欲しかったんだって。絹の娘が。心変わりなんかじゃないのよ。あの小さな虫を好きになるなんて、相当の変態じゃない? そして、教会よりも怖い組織に、絹の娘を勝手にあげちゃったの。絹の娘について私が調べたことを自分の手柄にして! 何とか取り戻したけれど、兵士に追い詰められてどうあがいても私は死ぬと思ったから、飲み込んであの男が私の研究をめちゃくちゃにした仕返しをしてやったの!」


「嘘だ! お前が絹の娘に嫉妬しっとしたのが悪いんだ!」


 そう少年が言った瞬間。

 セリカの周囲の空気が、触れれば切れそうなほど張り詰めた。


「あなた、本当のことを全部話したわけじゃないでしょう? ロザリオの意味だとか」


 セリカの問いかけに、少年は目を見開いた。

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