11.ディアナのもとに絹を盗もうと少年がやってくる話

 神父にもヒルダと同じ独特な趣味を持っている人間がいると聞いて、ヒルダ以外の全員が耳を疑った。


「えっ?! 本当に?」


 一番最初に現実に戻ってきたのは、ディアナ。


「うん」


「でも神父も男だしね。人肌恋しくなるのはわかるけどさ……なんで、よりにもよって、ヒルダ……」


 ミルキーは遠くを見ている。


「ヒルダと同じ趣味っていうのがちょっとドン引き、って熱っ!」


 サラは自分でハーブティーをおかわりしようとして、こぼした。


「やっちゃった。ふきんある?」


「ああ私がふきますから気にしないで!、やけどにならないよう、井戸水でひやしてください!」


 と、メリッサ。


「でも、きっとその人だけですの。いいえ、絶対ですの!」


 メリッサは誰かに話しかけるというより、自分に言い聞かせている。


「そ、そうね……」


 セリカの顔は引きつっていた。

 見かねてディアナはくちをはさむ。


「他の話しようか」


「そうね」


 セリカが重々しくうなずく。メリッサは激しく首を上下に振っている。


「そうですのよ! 変態はおいておいて、まともな神父のことを考えるべきですのよ!」


「今はさ、パーティーもしたし、皇太子が絹を持っているのは常識になったのね」


 ミルキー。

「そうだよミルキー。教会に対してどうするかを考えないと」


「わたしたち女だし、教会に入れないから考えた事もなかったよ」


「絹を作ったのはミルキーたちなのに、入れないっておかしいと思うよ」


「でも、世の中そんなもんだからね。どうしようもないことはあるのさ」


 ミルキーの声は、あきらめの色で染まっていた。


「変えられるよ! 絹だって出来たし!」


「そうだね。皇太子様を見てると、本当に世界は変わるんだろう、って思えてくる」


「ありがとう、ミルキー」


「教会も気になりますけど、皇太子様の母上のこともわたくしにはひっかかりますの」


 メリッサが話題を変える。


「確かに……お兄さんがいるのに言わないのは……おかしい」


「それだよ! 私たちは女だからさ、誰がお姉ちゃんとかいうの、愛人が多い人だとぐっちゃぐちゃになることもあるんだよ。でもさ、同じお母さんなのにお兄さんがいるのを知らないのは、なんだかおかしいよ!」


「やっぱり、そうなんだ」


「うん!」


 おかしいといえば。前にキーツと話したことをディアナは思い出した。


「おかしいところは他にもあって、私はノーデンの森の中で育って、誰が父親なのか、前の王様が死ぬまで知らされなかったんだ」


「え、皇太子様がまさか平民と一緒に働くとは思えないから……誰が皇太子様をやしなってらしたのですの?」


 メリッサの疑問。


「どうやら、ノーデン領主だったみたいなんだ」


「そういえばお兄様がノーデン領主でしたわね」


「でもおかしくない? 王家の男の人、って王様が倒れた時、次の王様になるかもしれないから王家でやしなうはずだよね?」


 サラが首をかしげる。


「そうなんだよ。キーツさんも、いくら母親の身分が低くても、男の子がいるなら父親は子供を養うはずだ、って言ってたんだ。だから、そもそも何かおかしいんだ」


「それでしたら……恐ろしいことですけど」


「メリッサ?」


「アルス王の子供は、お兄様と皇太子様と、亡くなった妹様だけなのでしょう?」


「うん」


「子供は、いくら仲睦まじい夫婦でも、授からないときはとにかく授からない、ってことはありますの。ですけど、アルス王はたくさんの女性を愛してらっしゃるわけですの。それでしたら、子供をたくさん授かっている方が自然ですの。もしかしたら、ナオミ様が、アルス王を裏切ってらしたりとか……」


「メリッサ!」


 ミルキーの怒声。


「わからない、なんにも」


 ディアナは目の前が真っ暗になったような気がした。

 もしかして、私、王家の血筋ですらないの?


「申し訳ありませんの」


「……いいよ。許す。そういう想像されてもおかしくない立場だってこと、わかってる」


「ありがとうございます」


「……みんな、深読みし過ぎ、だと思う」


 ヒルダが言う。


「王様の位は、みんな欲しがるもの。だから、自分だけ王様の位につける場所にいればいいって、考えて、人にひどいことする人がいるから、こっそり森の中にかくしてた、ってところだと思う」


「私、今だけはヒルダに賛成。メリッサは考えすぎだよ。髪を切るだけのことにこだわり過ぎてたし、出っ歯だし」


 サラが珍しくヒルダに同意。メリッサは「なんですって!」とかみつく。


「そばかすのサラにだけは言われたくありませんわよ! 鳥の巣みたいな赤毛ですし!」


 猫が威嚇いかくしあうような口喧嘩がはじまった。


「ちょっと、先に絹を見に戻るよ。支援してくれる貴族たちに、改めて絹を贈るから、在庫確認しっかりしとかないと」


「……私も」


 二人の口喧嘩から、ミルキーとヒルダは逃げ出すようだ。


「ありがとう。いってらっしゃい」


 しばらくして。


「泥棒だー! 絹の倉庫に、うちのもんじゃない子供がいる!」


 メリッサとサラの口喧嘩をかき消すほどのミルキーの大声が響いた。


「なんですって?!」


「一時休戦ですの! サラ、行きますわ!」


「わかった、メリッサ!」


 ディアナたち4人は、倉庫へと走った。


「こら! 絹を投げるんじゃない!」


 倉庫の出口から出ようとした少年に、ミルキーは体当たりした。

 そのまま馬乗りになり、逃げられないようおおいかぶさる。


「うわあああああ! 痛い! なんだかやわらかい?!」


 少年の悲鳴。

 彼は、ミルキーに押し倒されるような形になっている。


「そこのガキ! ミルキー姉に変なことするんじゃない!」


 サラがわたわたともがく少年に、びんたをくらわす。

 それが決定打になり、少年は力なく地面に伸びた。


「全く、どこのどいつなんだい」


「ミルキー姉大丈夫?」


「大丈夫よ、サラ。心配してくれてありがと」


 なんだか仲睦まじい。これ、見ない方がいい気がしてきた。

 ミルキーとサラの会話からディアナは目をそらす。

 そのかわりというわけではないけれど、気絶した少年をディアナは観察する。


「……この子」


 セリカとディアナは目を見合わせた。

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