6.ディアナが女装することになる話

 メリッサの問いかけに、ディアナはびっくりした。


「どういう……」


「わたしの髪を切って、カツラを作ります」


 うっとうしいけど切る機会がなかなかなかったし、と言いながらメリッサは髪を結い上げたリボンをほどく。

 頭の後ろでお団子になっていた亜麻色の髪が、ばさりとメリッサの背中と腰をおおう。


「ミルキー姉、切りやすいところで結んでくれませんか?」


「わかった」


「待って! 僕はメリッサに無理してほしいわけじゃないよ! 僕が主人で、僕のことを気にして髪を切るんだったら、やめてよ!」


 ディアナの叫びに、メリッサはそっと微笑んだ。


「髪を切りたいなら切ってもいいよ、僕はそれを理由にクビにしたりはしないし、快適な作業ができるように個人で身だしなみを整えるのは良いことだと思う。そう言ってくださったのは、皇太子様ですの。髪が長くないと女性扱いされなくなる、と不安に思っていた、私に」


「そっ、か。メリッサが、切りたいから切るんだね」


「そうですの。皇太子様のおかげで、決心がつきましたわ。ありがとうございます」


 メリッサの笑顔は、出っ歯だとかいうことが気にならないほど自信に満ちていた。


「どう、いたしまして」


 ディアナにうなずき、メリッサはミルキーに声をかける。


「ミルキー姉、お願い」


「いいのかい?」


「皇太子さまが教えてくださったんです。髪を切っても、私の価値は減りはしないって。女じゃないと死ぬ、って思っていた娼婦しょうふ時代と、さよならです。今のわたしは、絹の娘ですから、髪なんて関係ありませんの」


「じゃあ、切るよメリッサ」


 じゃっ、という音がして、メリッサの髪が一息に切り取られる。

 だが、その髪は床に落ちることなく、全てミルキーに受け止められていた。


「私が細工してかつらを作るよ。今日の残りの時間もらっていい? いやいいですか皇太子様?」


「いいよ。サラ、お願い」


「じゃあ、服を選びましょうか」


 翌日。

 出来上がったカツラを、ミルキーたちがディアナのもとに持ってきた。


「地毛の上からかぶる、帽子のようなカツラにしました。ちょっと蒸れるけど、我慢してくださいね」


「ありがとう、大事にするね!」


「じゃあ、着替えたら行きましょう。あ、そうだ、名前、レーンって呼んだらだめですよね。何か案がありますか? 皇太子様」


「じゃあ、ディアナって呼んで」


「ディアナ?」


「妹の名前だよ」


「そういえば、あたしたちと最初に会った時、皇太子様はあたしに妹がいることにすぐ気づいたね」


「ああ……あれは……」


 ミルキーに話を振られ、ディアナは口ごもった。

 まさかセリカが幽霊みたいな形で教えてくれたとは言えない。


「セリカがね、ミルキーに似た人を見たことがあるって言ってたから、もしかしてと思って」


「なるほどね」


「そうそう。そうなのよ」


「セリカさん?」


 ミルキーたちが慌てて頭を下げる。


「皇太子様の女装姿を見にきたのよ」


「まだ着替えてないよ!」


「じゃあ、私たちと着替えましょう」


「で、でも着替えくらいなら、わたくしでもできますのよ? セリカさんの手をわずらわせることは……」


 どうしよう。

 ディアナは悩む。

 また自分が女の子だって、ミルキーたちに伝えてない。


「皇太子様もオトコノコだから、邪念じゃねんくらいもつわよ。女の子のはずなのに、普段とは違うお姉さんに着替えさせてもらったおかげで大興奮、で正体バレたら元も子もないわ」


「せ、セリカ?!」


 セリカらしくない下品な言い方に、ディアナどころかミルキーたちもたまげていた。


「そ、その通りですの……お任せしますわ」


 セリカはメリッサから服とカツラを受け取ると、何も言えないディアナを引っ張って、衣装部屋に連れて行った。


「言ってないのに見事に当てるわね、ディアナ……それはそれとして、きっぱり断りなさいよ」


 セリカは微妙な顔をしている。


「ありがとう……助かったよ。あの言い方、どうかと思うけど」


「どういたしまして」


「ってセリカ!サラシをほどくときは締まらないはずなのに締まってるー!」


 少しずつだがディアナの胸は大きくなっていて、サラシで潰さないといけなくなっていた。


「ごめんなさい手が滑ったわ」


「棒読みやめて!」


「はいこれ私の女性用下着。自分でつけて」


「はぁーい」


 わちゃわちゃとしゃべりながら着替えを終える。


「はい化粧。大人しくするのよ」


「はぁーい」


 セリカに色々顔に塗られ、それからカツラをかぶせられる。


「はい。完成。美人さんになったわよ」


 セリカはディアナを姿見の前に立たせた。


「これ、私なの?」


「そうよ」


 鏡の中には、亜麻色の髪をした、整った顔の少女がいた。

 地黒に見えるよう、土色のおしろいと色が濃い頬紅がはたかれていて、一目ではディアナとは分からない化粧だ。


「ありがとう。正体、バレずに済みそう」


 ディアナが衣装部屋から出ると、レミーが待っていた。

 ディアナがレミーに笑いかけると、レミーは真っ赤になった。


「ディアナ……似合ってるぞ。普通にかわいいじゃねえか」


「ありがとう、レミー」


「ありがとうって……どうして森の中ではこんなにかわいいって気付かなかったんだ……服か? 服なのか? ミルキーの地味な服でこれだぞ?」


「レミー、どうしたの?」


「ディアナ、気を付けろよ。それとなく絹の一統にも見晴らせておくけど、今日は皇太子は突然の風邪で寝込んでいて俺が警護していることになってるからな」


「ありがとう、レミー」


 笑顔でもう黙れ、というディアナの視線を感じて、レミーは口を閉じた。


 そんなこんながありつつも、ディアナはミルキーたちと中級貴族の家を訪問。

 皇太子からの使者、ということで丁重に応接間に通される。

 応接間に行くまでの間、案内役のメイドがミルキーに話しかけていた。


「使者さん、アルスの屋敷から全ての使用人が消えたのは、本当なの?」


「本当よ。私、一緒にいたもの」


「上に立つ人がダメダメだとやっぱり部下から逃げられるのよね」


「そうよね。私たち、皇太子様に良くしていただいてるからね」


 ミルキーが意味深にディアナを見て、ディアナはドキドキした。

 自分だってセリカなしではやっていけるかどうかわからないし、セリカがいなくならない保証もない。

 自分がもっとしっかりしなきゃいけない。

 ディアナは、改めてそう思った。


「こちら、応接間になります」


 メイドが応接間の扉を開ける。


「ようこそいらっしゃいました。皇太子殿下の使者様たち! ささ、座って」


 歓迎の声に会釈してから、ディアナは腰を下ろす。

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