7.ディアナが上の者としての振る舞い方をやってみる話

 歓迎の挨拶やら儀礼的なことをミルキーが話し、会談は雑談の流れになった。


「しかし、裏社会とつながりがある男性のもとによく仕えることができますね。いつ売り飛ばされるか、心配ではないのですか?」


「そんなことはありません。娼婦だった私を見請けしてくださったのは皇太子様ですもの。娼婦しょうふを絹の娘にするうちに、色々縁があってこの形になった、と皇太子様はおっしゃっていました」


「ほう」


「皇太子様としては、アルス王に対して反感を持っているものの、表立っては逆えず、故に決定打を得られるまで無能を演じざるを得ず、裏社会にしか助けを求める手を伸ばせませんでした。ですが、今は絹がございます。お互いに、助け合うことができると示せるのです」


 ミルキーの堂々とした話ぶりに、貴族は「素晴らしい!」と手を打った。


「アルス様は大貴族ばかりひいきなさる方で、今まではレーン皇太子殿下も政治に対して無気力でしたので、絶望しておりました」


「ディアナ、詳しい話をして差し上げて」


「はい。ミルキーさん」


「レーン皇太子殿下は、確かに病弱でした。ですが、絹の作り方を教えた相談役が、皇太子の治療についても助言し、皇太子殿下の体調は回復しております。ゆえに、皇太子殿下の指示のもと、私たちが貴族の皆様を訪ねているのです」


 ディアナは答える。


「なんと! 相談役は医師なのか?」


「いいえ、医師ではありませんが、薬の作り方について師匠から習っていたそうです」


 大学というものにセリカは通っていて、そのセイブツガクブでマルベリーの木につける薬や毒について勉強していたらしいから、嘘はついていない。

 ディアナの苦しい説明に、貴族は身を乗り出してきた。


「どのような事を言っていたのか?」


「言える範囲ですと……料理の前とあとには、強い酒とせっけんで手を洗い、流水できちんと洗い流すこと。そして、肉や魚を切ったまな板で生で食べる食材を切らないこと、加熱するものと加熱しないものを調理するなら、加熱しないものを調理する時にも酒とせっけんで手を洗え、とも言っていました。そうしないと食中毒が起きる、と」


「料理人なのか?」


「いえ……薬の師匠から、加熱したり酒やせっけんを使うと消える毒についても学んでいたようです」


「博識なのだな」


「はい!」


 ディアナは大きくうなずいた。


「博識な方が味方につくのは心強い。ミルキー殿、皇太子殿下には、これからも良き関係を築きたい、と伝えていただけるだろうか」


「承知いたしました。しっかりとお伝えしましょう。おもてなし、ありがとうございました」


 ミルキーは椅子から立ち上がり、スカートをつまんで上品なおじぎをしてみせた。

 ディアナもミルキーにならってカーテシーをして、その貴族の屋敷から退出した。


「なるほど、視察を通じて上に立つ者としての自覚をお持ちになったと」


 王城に帰ってすぐ、ディアナはキーツを呼びつけ、上の者としての振る舞いを教えてほしいとお願いした。


「きちんとできなかったら、ミルキーたちに愛想を尽かされたって仕方ないんだ。これからも絹でビジネスをするためにも、お願いしたいんだ」


「いいでしょう」


「ありがとう!」


「私にも用事があるので、手短にですが。まず、この国の現状をお伝えします。アルス王は贅沢ざんまい。ただ民を苦しめるだけ。このまま上級貴族にやらせといたら、この国は腐るばかりで1ユードも稼げません」


 キーツはせきをきったように、早口に語り始めた。


「ですので、皇太子様がビジネスに興味を持ってくださり、私はとても嬉しいのです。まず初めに、上の者としての階級や形式は、活用できる……否、すべきものです」


「うん」


「次に、下の者は自分の物なのでその事を内外に示す。具体的に言うと、余所者があなたの部下を馬鹿にしたり、雑な態度を取る、自分の部下のように用事をさせる、などの扱いをしたら、強硬な手段を用いてでも下の者を守る、ということです」


「なるほど」


「ここまでは、皇太子殿下はきちんとできているようです」


「よかった」


「あと、皇太子様がすべきなのは、政治的だったり、技術的に利用価値がある人間は尊重すること。あと、人に任せられる仕事はどんどん任せて自分しかできないことをやる」


「うぐ、それセリカにも言われた……」


「ならば、絹の製造はセリカと元しょ……絹の娘たちに任せて、あなたにしかできないことをすべきです」


「僕にしかできないこと……」


「以上です。私は商談があるので、失礼させていただきます」


 キーツがいなくなってからも、ディアナは頭を抱えたままだった。


「難しく考えすぎることねえよディアナ」


 見かねたレミーが助言する。


「今一番叶えたい、叶えられるわがままをすれば良いんだよ!」


「ママに、私を私に戻してほしい……は叶えられないよね……」


「ああ。他人を動かすことはできないさ。ディアナが、ディアナだからこそできることを考えるんだ」


「私は皇太子……で、絹があることと、私が裏社会とつながりがあるってことを悪く言われたくない……いい人だって、思われたい」


「じゃあディアナ、いい人って、どんな人だ?」


「人から物を奪う人は、悪い人だから、人に何かをあげる人……で、私が人にあげられるのは絹と、化粧品だから……そっか。そういうことか!」


「思いついたようだな」


 ディアナは、中小貴族を招いた舞踏会を開いた。

 夫人と子女同伴が条件で、参加者には手土産もたっぷり持たせる。

 これで全てがうまく行く──はずだったのだが。


「疲れちゃったよ」


 ディアナは舞踏会の会場の外れのバルコニーで、セリカと二人でのびていた。


「ここぞとばかりに婚約者としてお嬢さんの押し売りよね……」


「皇太子の婚約者、ってことは皇太子の後ろ盾になれるだけの家柄になる自信がないといけない、だからここでははっきり婚約を断れ、ってこの案を実行する前に相談したとき、キーツが言ってたの、痛いほど理解した」


「バルコニーに逃げてきたけど、これからどうするの。ダンスの誘い待ちのお嬢さんがわらわらいるわよ。あと、あんたここで一番偉いから、あんたが踊らないと誰も踊れないわよ」


「わかった、戻ろう」


 大広間に踏み込んで、ディアナはセリカに手を差し伸べる。


「セリカ」


「なんでしょう、皇太子様」


「一緒に踊っていただけませんか?」


「はい、喜んで」

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