5.ディアナがこれからの方向性を考える話
ディアナにブレナンから何を聞いたのか、とたずねられたレミーは、しばらく黙っていた。
「路地裏育ちの、人が死ぬ喧嘩が日常だった俺でも気分が悪くなるような話」
「そっか……」
「アルスと直接会って、どうだった?」
「めちゃくちゃ下品。女をおもちゃとしか考えてない」
思いつく限りの言葉で、ディアナはアルスをののしった。
「まあ、そういうことだ。あの野郎のことを考えると頭が腐りそうだ。これからは、未来のことを考えよう」
「未来?」
「ディアナ、ディアナはアルスのパーティーをめちゃくちゃにしただろ?」
「うん」
「アルスの側からしたら、おもしろくないだろ? だから、ディアナを悪者にした噂を流すと思う。裏社会とつながりがあって、楽しいパーティーをダメにした、空気が読めないダメなやつだって」
「あのパーティー、楽しくなんかないわよ!」
「楽しいんだ。貴族たちにとっては。弱いものをいたぶるのが。そして、弱いのが悪いとしらを切って、泣き寝入りさせる」
「最悪じゃん。やり返す方法、ないの?」
「ああ。噂には噂で戦うのが一番だ」
「どうしたらいいの?」
「ディアナは悪くないって手紙を書いて、手紙が読める人に配るんだ。贈り物をつけて」
「無理だよ! 手紙を書くにはたくさんの人がいる。ミルキーたちは読み書きができるけど公式な手紙を書けるくらい字がうまくないし……」
「教科書を作るのに使ったあの機械を使うんだ、ディアナ」
「それがあった!」
「ディアナは覚えてないのか? その機械を作った工房に、本を取りに行った時に俺たち、会ったじゃないか。意外とまぬけだなぁ」
くすくす笑うレミーに、ディアナはむっとした。
「……アルスよりはマシだったけど、パルタスっていう侯爵に絹をとられそうになってたし、教会が雇ったならず者に襲われたりして、色々ありすぎて忘れてたの」
「ああ……そういうことか」
「あとその時まで、レミーは私のこと、悪魔にとりつかれたレーンだと思ってたじゃない! まぬけはどっちよ!」
「ごめんって!」
「ゆるす」
なんとなく二人で笑って、しばらく思いつくままにおしゃべりをする。
メリッサがハーブ畑を始めたこと。
化粧水の新しい香りを考えていること。
絹をたくさん作れるようになったから、絹のドレスを作ろうと思っていること。
「絹のドレスか……いいな」
「なにレミー、女装するの?」
ディアナのからかい声に「そうじゃなくて」とレミーは真面目な顔になる。
「絹を贈り物にすれば、皇太子が絹を作れることを印象付けられる。やろう」
翌日、ディアナは活版印刷で大量の手紙を刷った。
理不尽にアルスが皇太子から絹を取り上げようとして使用人から愛想を尽かされた話と、皇太子は女遊びに興味がないため、不細工でも能力があるからミルキーたちを取り立てたこと。
そして、彼女たちは元娼婦ではなく、いまは「絹の娘」だと。
原稿と贈答品とその他もろもろを調整し終わった時には、もう真夜中だった。
「おつかれ、ディアナ」
「味方になってくれそうな中小貴族の名前をいちいち書かなきゃいけなくて、手がもげそうだよ……セリカ、手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして。でも、宛名が手書きって大切よ? 自分のことを、皇太子殿下が覚えていてくれている、ってだけで、人間なんだか嬉しいものだから」
「そっかあ……」
ディアナは目を閉じた。
次の日も、手紙の山がディアナを待ち受け、全てをやり尽くした時にはまた夜になっていた。
「ううう大変すぎる……もうインクのにおいかぎたくないよ……」
布団をかぶってディアナはぼやく。
「でも、一枚一枚同じ文を書いて送るよりは、楽でしょ」
「あ、そう言われれば確かに……」
「今日、絹と一緒にミルキーたちが貴族たちに第一陣の手紙を渡したそうよ」
「どんな感じだった?」
「皇太子の威光が効いて、丁寧にもてなしてくれたそうよ」
「うう……直接情報収集したい」
翌日、皇太子としての仕事がなかったので、ディアナはミルキーたちの仕事を手伝いつつ、そのことを話した。
「僕が直接行ってもいいんだけどさ、でも皇太子様だってバレたら、絶対お世辞を言ってくるし……」
「……皇太子様だ、ってバレなきゃいいんじゃない? 私のお得意様も、自分の身分が、バレないように、やってくる」
メリッサが桑の葉を補充するフリをして、そっとヒルダから離れた。
「ヒルダ……ヒルダに対していいアイデアだと思ってしまって、わたし謎の敗北感がありますわ」
「まあ……ヒルダはわざわざ痛いことを客としあうっていう妙な趣味だけど、それ以外は常識的だからさ」
「そうですのよね……」
サラにたしなめられ、なんとも言えない表情のメリッサ。
彼女のことを気にせず、ヒルダは続ける。
「私のお得意様……変装して、やってくる」
「確かに、変装したらわからないね」
ミルキーはヒルダに賛成している。
「じゃあ、どうしますの? 皇太子様は私たちとそれほど変わらない体つきですから、筋骨隆々の男性になるわけにはいきませんよね?」
「いっそのこと、女装するのは? 女装して、私たちと一緒に売り込みに行くんです。だったら、直接話も聞けるし!」
サラに提案され、ディアナは一瞬黙った。
そもそも私は女の子だよ、と言いたくなったのをこらえる。
「女装……いいと思うよ」
男装王女がさらに女装するのも変な話だけれど、ディアナにはこれが【ディアナ】に戻れる第一歩のような気がした。
「じゃあ、服はわたしたちのものから貸して差し上げるとしまして……髪はどうしましょう? 短いと疑われますし……カツラでしょうか?」
メリッサが具体的な検討をはじめる。
「でも、かつらを買ったらバレるんじゃないかい? 女性用カツラなんて、めったに売ってないじゃないか」
ミルキーが口を挟む。次の瞬間、メリッサが黙った。
「メリッサ、どうしたの?」
諦めたのだろうか。ディアナが心配していると、メリッサは決意を込めた目をディアナに向けた。
「……皇太子様、わたしの髪、使いますか?」
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