4.国王のゴリ押しをレミーの手勢が阻止する話

 その声と同時に、パーティーで影のように働いていた召使いやメイドたちが、ディアナたちと貴族の間に立ちふさがった。


「お前ら……貴族に楯突いてどうなるかわかっているのか!」


「お前らこそ皇太子殿下に楯突いてどうなるかわかってないのか?」


 召使いたちと貴族の間で野次が飛び交う。


「我の御前であるぞ! 静まれ! 持ち場に戻れ!」


「お言葉ですが陛下、我々はただ、皇太子殿下の部下をお守りしただけです。陛下におかれましては、この貴族たちによります、王族に対する非道をおとがめになった方がよろしいかと愚考致します」


 号令をかけたのと同じ声が、アルスに答える。

 彼は礼儀正しくアルスに対して頭を下げているため、ディアナからは誰なのかわからない。


「不敬罪だ!」


「我々は、皇太子殿下の部下でございます。皇太子殿下の意図を以って、行動しているのみでごさいます」


「何者だ!」


「我々は裏社会の人間。皇太子殿下より、絹を下賜されたことにより、シルクの一統と名乗っております。以後お見知り置きを」


「ならば全て取り締まるのみだ!」


 アルスの怒号と、男が薄く笑う声。


「そうお考えなのでしたら、我々はあなた方とおつきあいした証拠を洗いざらい吐くのみです」


「そんなものはない!」


「あなた方が買った美女、あなた方が買った山海の珍味、何もかもが後ろ暗くないモノの方が少ないようですが?」


「くそっ! 今日はこのぐらいにしておいてやる! 明日からは覚えていろ!」


「承知いたしました。我々は今日を最後に、お暇をいただきます」


「好き勝手に……どいつもこいつも!」


「行きましょう、皇太子殿下」


 ディアナの近くにいた召使いが、そっと耳打ちする。


「わかった。でも最後に言わせて」


「承知しました」


 召使いたちはミルキーたちを外に誘導する者たちと、大広間に残るディアナを守る者に分かれた。

 出口のすぐ前で、ディアナは大広間を見渡す。


「お集まりの紳士の皆様」


 ディアナの声に、出口に注目が集まる。


「元娼婦といえども、私は彼女たちを抱いておりません。ただ、絹を作る仲間として敬愛しております」


 大広間は、水を打ったように静まり返っている。

 大貴族たちは、自分が何を言っているのか分からないのだ。

 偉そうにしても馬鹿ばっかり。ディアナは鼻を鳴らす。


「彼女らは自分の姉にも匹敵する存在だ」


 ざわめきが起きる。


「仮にも王子の姉をブスだの不細工だのと愚弄するような真似をしたのだ」


 空気が凍りつく。大貴族たちも、ディアナが何を言っているのかわかったようだ。


「わかってるだろうな?」


 レミーをまねて、ディアナは不敵に笑う。


「では、皆様ご機嫌よう」


 ディアナはくるりと一回転し、外へ。

 悲鳴のようなざわめきが反響する大広間の扉が、ディアナに付き従う召使いによって、閉められた。


「ただいま! セリカは、セリカは!」


 全速力で馬車を走らせ、ディアナは王城に戻った。


「ディアナ様、大変でございます! セリカ様の元に──!」


 ブレナンが慌てた様子でディアナに駆け寄ってきた。


「暗殺者でしょ! 王様が言ってた」


 セリカ、無事でいて!

 ディアナはセリカの部屋のドアを勢いよく開けた。

 その瞬間、鉄臭い匂いが部屋の中から流れ出した。


「セリカ! いや!」


 部屋が荒れている。

 家具は乱暴になぎ倒され、薄緑色を基調としたベッドシーツやカーテン、じゅうたんは血と泥で赤黒く汚れていた。

 ぱっと見では気づかなかったが、物陰に、人の形をした何かが、しゃがんだような形でいるのにディアナは気付く。


「いやああああああ!」


 最悪の想像をして、ディアナは叫んだ。


「ディアナ。俺だ。落ち着け」


 その人影は立ち上がり、姿を現した。


「レミー……」


「警戒してくれてたのよ。レミーが撃退してくれたわ」


 セリカがクローゼットから出てきた。


「良かったぁ……」


 ディアナは安心のあまり、服が汚れるのも気にせずその場にへたり込んでしまった。


「セリカ、心配してたよ……」


「えーと、二人は何か知ってるみたいだけど」


 セリカは困った表情である。


「私はレミーとしゃべっていたら『やっぱり来やがった!』ってレミーが叫んで、なんだかわからないうちにクローゼットに放り込まれて、そしたらヤクザエイガ……裏社会テーマのお芝居のことよ。みたいな大声とか明らかに人がケガした音とかが聞こえてきて、今でも怖いしわけがわからないから、ちょっと説明してもらえる?」


「セリカを、どこかの貴族の部下……ほぼならず者が押し掛けてきた。皇太子暗殺未遂の疑いで、捕縛してある」


「アルスが言ってた。セリカを暗殺しようとしたって」


 ディアナの補足説明に、レミーは舌打ちした。


「殺しておけばよかったか」


 レミーは紙でナイフについた血を拭い、鞘にしまう。


「生きてるよね?」


「今のところは。ただ、反逆罪待ったなしだから、どんなに軽い判決でも、終身刑の重労働は間違いない……と思っていたが国王の手勢か。うやむやにされるな」


「ディアナ様、セリカ様。残党狩りが終わりました。ご安心ください」


 ブレナンがセリカの部屋にやってきた。


「ありがとう。だったら、お風呂に入らせて。変な汗かいちゃったわ」


「承知しました。着替えは後でメイドに持たせますので、すぐ行きましょう。怪しい者はもうおりませんが、一応、入り口まで私が付き添います」


 セリカとブレナンが部屋を去り、ディアナとレミーが残された。


「……レミー、これ、わかってたの?」


「セリカの暗殺か?」


「うん」


「……アルスって奴がとんでもないろくでなしだと聞いた時に、ピンときたんだ」


「呼び捨てするんだ、王様」


「様をつける気も失せた」


「ブレナン先生から何を聞いたの」


 レミーはうつむく。

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