3. 絹の利権を譲るよう、国王におどされる話

 絹と女たちを献上? 私、全然そんな話してないんですけど?!

 ディアナが混乱していると、アルスは玉座に腰掛け、ワイングラスを手にしたまま、高圧的にディアナを手招いた。


「遠慮することはない。我は寛大だ。ブスも跳ねっ返りも、愛でてやろう。ついでに絹も、山ほど作らせよう」


「は?」


 ディアナはあきれ返った。


「光栄に思え、近く寄れ!」


「意味がわかりません。私は招待を受け、ここに歓談しに来ただけです。商売でしたら、エドガー・キーツに一任しております!」


 ディアナは一歩も動かず、大広間の奥にいるアルスに叫び返す。


「そのような卑賤な者と商売をするのは皇太子たる我が息子には相応しくないゆえに、この父がひと肌脱いでやろうというのだ! しかもお前が連れてきたのは不細工ばかり! 可愛げがないのに、陰気なのに、そばかすの赤毛に、出っ歯ときた! そのような女は女の喜びも知らぬだろう? だから我が直々に教育してやると言っているのだ」


「残念ながらあたしら、元娼婦だからわかるんだよね。女に喜びを教えるだとかいうやつに限って、独りよがりかド下手」


 ミルキーがぼやく。


「そのようなものは、教育などではない。ふざけた扱いを彼女たちにするというなら、私の手元から離すわけにはいかない」


「絹の作り方や文字の読み書きを娼婦に教える方がふざけているではないか!」


 ディアナは、アルスがセリカを呼ばなかった理由がやっと分かった。

 堂々とスピーチし、自分たちにはない知識がある女だから、仲間外れにして、自分たちだけを呼んで言いくるめようとしているのだ。


「セリカは私の師だ! セリカを侮辱することは私を侮辱することと思え!」


「もうこの世にいないものを侮辱して何が悪い!」


「なんだと?」


「ふざけた女に天誅てんちゅうを下すべく、使者を送った!」


 アルスは胸を張っている。

 大貴族は、さすがアルス様などとお世辞をいうばかりだ。


「暗殺者を王城に送ったのか!」


 ディアナは恐ろしさで、今にも震えだしそうな体を必死で抑えた。

 これは、怒りのせいだ、と自分に言い聞かせる。

 レミー、もしかして、アルスが暗殺者を放つことがわかっていたの? セリカ、どうか無事でいて。


「王城も我がもの。主が掃除をして何が悪い?」


「他人のものに手を出そうとは趣味が悪いですね」


 怒りで低くなったディアナの声に、アルスは青筋を立て、荒々しくワイングラスを投げ捨てた。

 甲高い音を立ててくだけたグラスを、召使いがいそいそと片付ける。


「ええい! 大人しく全てを差し出せ! なぜ上手くいかない! ナオミは! 父親からの申し出を息子は喜んで受けると言ったのに! 女だから馬鹿だったのか!」


 またか。またママ……ナオミなのか。私の邪魔をするのは。

 ディアナは拳を握りしめる。

 ブレナン先生が負い目に思うようなことが、ママとアルス様の間にあったらしい。

 でも、私にママの願いを叶えてやる、負い目なんて、ない!


「息子を一度も訪ねてこない、情の薄い母親です。女だからではなく、ナオミが馬鹿なのでしょう」


「口答えをするな!」


 ディアナとアルスがにらみあっていると、ミルキーに無遠慮に貴族が近づいてきた。


「お前たちが金の卵を生む鶏か」


 なれなれしく近づいてきた貴族を、サッとミルキーがかわす。


「なぜ避ける」


「雲は地上にやって来ない。雲のような高貴なお方様が、地上の私にさわれないのは当然でございます。もっとふさわしい方がいらっしゃいますわ」


 ミルキーの答えに、貴族は顔を真っ赤にした。


「金の卵だけではなく、高貴な血筋の子も生ませてやろうと言っているのだ。光栄に思え」


 そのまま貴族はミルキーにつかみかかろうとする。


「やめろ!」


 ディアナはミルキーをかばった。


「鶏のような低い身分の女をかばって、どうする!」


「そう、鶏だから、巣と食事を与えて丁寧に世話しないとと卵なんて産みやしない。手塩にかけて育てる気はあるか?」


「だから愛でてやる、と!」


「ああ、無いのか。なら、何一つあなた方には渡せない」


「皇太子殿、お顔が怖いですぞ。このような不細工でなくとも、我が美しき令嬢を差し上げますので、ご機嫌をお直しください」


 隣から、新たな貴族が口をはさむ。


「お主、名を何という」


 ディアナの問いかけに、男は丁寧な自己紹介をした。


「先を越された」


「いや、王族は後宮に何人も女を囲うもの。いずれわれわれも……」


「その要らぬ気遣いが私を不快にさせた。私は寛大だ。今日は許すが、また令嬢と引き換えに絹を手に入れようなどと笑えない冗談を言うなら、そのときは感情に従うことにしよう」


「……寛大なお心に、感謝いたします」


「ではこれで、私たちは帰らせていただきます。皆様ご機嫌よう」


 これでひと段落ついたか。ディアナは外に出ようとした。


「待て! 帰すな! 何をしてもいい!」


 アルスの慌てた声。

 一瞬で、パーティから上品さが消え失せた。


「元娼婦だろ? 楽しませてもらおうぜ」


「皇太子様と同じ女を抱けば、俺たちは兄弟だ。きっと良くしてくれる」


「むしろ女より皇太子の方が好みですな」


 欲望まみれの視線に取り囲まれ、それとなく彼らをかわしているうちに、ディアナ一行は退路を絶たれてしまった。


「女抱きたいなら、こんな場所じゃなく宿に行け、宿に」


 ミルキーが悪態をつく。


「……下品なだけ。全て薄っぺら。相手を快感の道具として扱うなら、相手も自分も知り尽くす必要がある。自分のことも知らずに衝動だけで来る人間、中途半端だから趣味じゃない」


 ヒルダは冷静だ。だが、メリッサとサラは震えていた。


「やっと……やっとまともなお仕事で暮らしていけると思いましたのに!」


「なんで……なんでなの、怖いよ」


 こんな時レミーがいたら! ディアナは悔しかったが、セリカには暗殺者が差し向けられている。だからセリカから、レミーは離れられない。

 レミーといえば。仕込みをしてるって言ったのに、結局酷い目に遭うじゃないの。


「……レミーの嘘つき」


 こうなったら、女だけでも抵抗するだけ抵抗してやる。

 ディアナが覚悟を決めた瞬間。


「皇太子の女性に手を出そうとは、感心できませんな、紳士の皆様方」

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