24.オーランドがセリカに土下座する話
そして白い蛾は、何事もなかったかのように、手のひらの上で
「これが、不死の蚕だ」
ディアナは、できるだけ堂々と言ってみせる。
何度やっても、虫を押しつぶす感触は、慣れない。
無残に手のひらの上でつぶれた蚕のぬめりがまだ残っているような気がして、ディアナは不死の蚕をセリカの持つ箱に戻し、服で何度も手のひらをこする。
セリカに謝るだけなら、こんなことしなくていいはずなのに。
目を見開いたまま動こうともしない男二人の顔に、ディアナは何だか腹が立ってきた。
「何もなしか?」
ディアナが低くすごむと、びくり、とフォーサイスの肩が震える。
「生き返るとわかっていても、私に命を奪わせたのだ。何の罪もない。お前たちの願いをかなえるために。なにか、感謝の言葉は?」
フォーサイスは勢いよく立ち上がり、ディアナの右手を取った。
なんだか眼鏡の奥の目がきらきらと輝いている。
「皇太子殿下、ありがとうございます! 夢がかないました! 不死の蚕を一目見るために、ぼ、僕は、差別も、悪意も、全部乗り越えてきました!」
「フォーサイス殿! 不敬に過ぎるのではないか?!」
オーランドのたしなめる声も耳に入らない様子で、フォーサイスはディアナの手を握ったままだった。
初対面の男性に手を握られたら、本当はすぐに振り払うべきなんだろうな、とディアナは思う。
でも、なぜか、肌の色が黒く、体つきも自分より大きいという、未知と恐怖を感じる方が自然な人間を、ディアナは突き放す気にならなかった。
「肌の色が白い親戚と話しているだけで、黒人がアジア系女性を脅していると人を呼ばれたり、ど、どもりやすい体質のせいで仕事に就くのがうまくいかなかったり、それでも、それでも死ぬ前に不死の蚕を見たい一心で、この国にやってきたんです!」
感極まったフォーサイスの両目から、涙がこぼれだした。
フォーサイスの姿を見ていると、ディアナもなんだか、心の底から熱い思いが湧き上がってくるのを感じた。
この人は、どんな困難があっても、自分がやりたいことのために突き進んだ。
「やっと上陸できたと思ったら、教会に捕まって殺されかけて、そこをオーランド様に助けてもらえそうだったんですけど、オーランド様もつかまって殺されそうになって、そこをなぜか日本語を話せる少年に助けられて、今があるんです。いつかその少年にも、お、お礼を」
フォーサイスがどもったところで、それまで影のように黙っていたセリカが、顔を上げた。
「それ、私よ。あの子が気絶してたから、なぜか蚕のペンダントを通じてあの子を操ったの。あと、あなた、身分とかいろいろなものは置いておいて、初対面の少年の手を握りっぱなしっていうのは、人間としてのマナーとして、どうなの?」
「も、申し訳ありません!」
フォーサイスは正気に戻り、ぱっとディアナの手を離す。
「許そう、願いが叶って、とてもうれしいことは、誰にだってあるんだから」
「本当にありがとうございます。寛大なお心に、感謝いたします!」
「なんでございましょうか、皇太子殿下」
「どうやったら俺……ノーデン領主、オーランドの真心からの謝罪の気持ちをわかってくれるか……でしょうか、セリカ様」
そう言ったオーランドに対し、セリカは冷ややかな視線を向ける。
「私、ノーデン発展の手目に尽力したのに、褒賞をもらうどころか、捨てられたんですけど」
「そのお怒りは、ごもっともです」
「その上、ノーデンに送られた外国の大使まで助けてるのよ? ノーデン、いいえ、ノーデン領主オーランド・ガーディンは、私に、返しきれない恩があるんじゃないのかしら?」
「その通りでございます……」
「私、あなたから、ノーデンのすべてを詫びとしてもらってもいいんじゃないのかしら。精神的苦痛を受けた
「セリカ、言いすぎなんじゃあ……」
皇太子はセリカをたしなめるが、オーランドにはぐうの音も出なかった。
「皇太子陛下、彼女の言う通りです……」
うつむいたオーランドに、皇太子も口を引き結ぶ。
「まあでも、それくらいの苦痛を受けたってだけ。オーランドから、何か、モノが欲しいわけじゃないの。私が欲しいのは、オーランドの、誠意をあらわす行動」
「誠意をあらわす行動?」
にっこりとセリカは笑う。
「ドゲザして。あなたならわかるでしょ。前の旦那に私がさんざんやらされてたことよ」
「ドゲザ? セリカなにそれ、旧世界の言葉?」
皇太子は首をかしげているが、その意味は、フォーサイスにだけはよくわかった。
日本語だ。イントネーションも完璧な。
英語の方言を話す新グレートブリテン王国の人間に、土下座の意味が分かるはずがない。
セリカは、無理難題をオーランドに言っている!
「……わかった」
フォーサイスが止める暇もなく、オーランドは立ち上がる。
「オーランド様?」
フォーサイスの心配そうな視線の先で、オーランドは床にひざをつく。
「ノーデン領主?!?!」
混乱した皇太子の声にもオーランドは反応せず、両手のひらを肩幅に床につけ、額を下げていく。
「本当に申し訳ない、カーラ……セリカ様」
セリカが息をのむ。
オーランドの姿勢は。
フォーサイスから見ても、完璧な日本の伝統通りの土下座だった。
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