44.ナオミの刺客にブレナンの様子がおかしい話

 レミーが帰ってきてから、男装してディアナは牢屋に向かう。

 サイファーとブレナンもついてきているから、背後が少し騒がしい。


「こうやって一緒に歩くのは、30年ぶりか、ブレナン」


「サイファー、といまだに名乗っておられるのですね」


「ああ」


 意味深な会話をしたきり、黙りこくる二人。


「知り合い、なの? ブレナン先生」


 ディアナの質問に、ブレナンは首を横に振る。


「知り合いではありません。そんな簡単な言葉で言える関係ではないのです」


「ああ。知り合いというよりも―—」


「ここから出せ! 最高の女を抱かせろ!」


 サイファーの返答をかき消す男の叫びに、ディアナは眉をひそめる。


「下品すぎるよ。黙らせなかったの?」


 ディアナが見張りの騎士にたずねると、彼は力なく頭を振った。


「何度か注意したり、警告は行いましたが、何度やってもあの調子です」


 牢屋の前に立つと、縛りあげられた男がじたばたともがいていた。

 男は、牢屋の中に入ってきた4人を見て「男ばっかりじゃねえか」と唾を吐く。


「あのドレスの女はどこに行きやがった! 俺にナオミを抱かせろ!」


「どういうことだ」


 サイファーの質問に、男は下品ににやつく。


「低い身分なのに王妃に上り詰めるということは、あの好色なアルス王を魅了する極上の体ってことだ! その体を味わうためだったらどんな罪だって犯してやる!」


「ディアナ! 聞くな!」


 レミーがディアナの耳を押さえる。


「……おろかな」


 サイファーが深くためいきをつく。

 ほぼ同時に、ブレナンの表情が消えうせた。


「何とおっしゃいましたか」


「極上の体―—」


 ブレナンが男を殴りつける。


「これ以上ナオミ様を侮辱ぶじょくするな!」


「なんだよ……」


 男は明らかに戸惑っている。こんな最低男に共感したくなかったが、戸惑っているのはディアナも一緒だった。

 ナオミのことを、モノか何かのように言っている男には腹が立つ。

 でも、普段は温厚なブレナン先生が人間を殴っているということに、ディアナは困惑していた。


「ナオミ様の居場所を教えてくれるなら、王都追放だけで済ませるよう、皇太子様に取り次ぎますが?」


 おかしい。普通のブレナン先生は、ディアナの許可もなくこんなこと言わない。

 今のブレナン先生は……ディアナの髪を、ナオミが切ったときに悲しそうな顔だけして、助けてくれなかった、あの時と、同じ顔をしている。


「ブレナン先生、ナオミ……さんには」


 男に暴力をふるい続けるブレナンの背中に、ディアナは言葉が見当たらなくなった。

 ディアナは、ナオミをどう呼んだらいいのか、もうわからない。

 自分の母親で、弱くて優しい、世の中がいうところの男らしさとは真逆の性格の息子を溺愛できあいしていたのに、娘に対しては女性らしくないと怒っていた女性。

 暗殺者を二回も自分にさし向けてきた……敵、なんだろう。


「ディアナ、これは、ケジメなんじゃねえか」


 レミーが、やけに真剣にディアナと向き合っていた。


「ナオミと、会うことが?」


「世界を変えるきっかけになったのは、ナオミ様がディアナの髪を切ったからだ。だから、自分が何をしたのか、ナオミ様に突きつけるべきだ。ナオミ様は俺からすれば恩人だけどさ」


 迷いを振り払うように、レミーは頭を振った。


「俺は、友達のレーンから、ディアナのことを頼まれてる。だから、ブレナン先生だけにまかせるのは、間違ってる気がする。ナオミ様の事」


「そっか……」


「……ナオミか。どんな因果だろうな。あの子の子供とこんな形で関わるなんてな。私も同行する」


 サイファーは低く、後悔のにじんだ声で言う。


「ブレナン、やめろ。荒っぽい話し合いは、私の仕事だ」


 彼女はブレナンを下がらせ、男をける。


「だから、お前にはナオミの居場所を吐いてもらうぞ」


 男を傷めつけたりなだめたりしてナオミがいる場所を吐かせた後、ディアナたちは男を刑吏に「皇太子暗殺未遂犯」として引き渡した。

 そして、ディアナは三人を引き連れて、男が自白した場所へと向かった。


「この館が……今、ナオミがいる場所」


 ディアナは王都のはずれの廃洋館を見上げる。ツタが外壁を覆い隠していて、おどろおどろしい雰囲気だ。


「このまま火でも放つか? 今、ナオミ王妃は、教会をたぶらかした罪で、本来なら縛り首のところを、皇太子殿下の恩情で王都追放ってことになってるんだ。丸焼きになったとしても、誰も文句は言わねえさ」


 レミーの提案に、ディアナは苦笑いする。


「うん……」


 自分のことを道具としてしか扱わなかった母親だ、ということは納得がいっている。

 でも、最後に残った家族を殺せるほど嫌いか、と聞かれると、ディアナは答えられなくなる。

 王位を追われて錯乱し。酒に逃げて、転んでそのまま死んだアルス王の死にざまを、いい気味だとサイファーは笑っていたけど、私はそんな風に人が死ぬところでわらえない。


「それもいいかもしれないな」


 案の定、サイファーはあっさりと残酷なことを肯定する。

「レミー! なんてことを!」


 ブレナンがレミーにつかみかかろうとするのを、サイファーが「まあまあ」となだめる。


「大人からすれば、ナオミもディアナも、不幸な存在でしかない。でも、ディアナにはそうではないだろう?」


「会って、話してみる」


 ディアナは、廃洋館の中へ一歩踏み出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る