9.ディアナが中小貴族を味方につける話

 大広間は大混乱だった。

 令嬢の一人が、気に入らない格下の令嬢にワインをかけることは、よくあることだ。

 だが、今回は相手がまずかった。

 初めて見る顔だから格下令嬢だろうと早とちりした中級貴族の娘が、セリカにワインをかけたのだ。

 その結果、皇太子直々に彼女は注意され、皇太子とともにセリカは一時退場。

 格下令嬢をけん制するはずの行動が、皇太子とセリカの仲の良さを強調することになってしまったのだ。

 さて、これから皇太子様はどうするつもりだろうか。

 エドガー・キーツは崩れ落ちた令嬢を片目に、ワイングラスをかたむける。

 セリカは黒髪に見慣れない色の肌、顔の半分は覆面ふくめんで隠すという異様な姿だが、実力は高い。

 皇太子に絹の作り方を教えたという豊富な知識に、国王の前で堂々と演説してみせるという男でもめったにいない度胸の持ちぬし。

 セリカの出自はなぞに包まれているが、ノーデンで皇太子が教会の施設を視察中に賊に襲われた事件の後から姿を現すようになったことから、教会に幽閉ゆうへいされていた彼女と、皇太子の間に何らかのつながりがあって、襲撃の際、皇太子が彼女を手元に置くことにしたのだろうと推測されている。

 キーツ自身、セリカについて皇太子にたずねたことはあるが「商売に関係ない」とすげなく断られるか、そっと話題をそらされたうえ、レミーとかいうボディーガードに「彼女についてかぎまわるなら、夜道に気をつけろ」というおどしまでついてきた。

 皇太子にとって、彼女は大切な人物である。


「やってしまいましたわ……皇太子さまにどう断罪されても文句は言えませんわ……お父様、お母様、お家のためを思っての行動でしたの……」


 セリカに対してではなく、家に対しての謝罪というのがいかにも貴族だ、とキーツは思う。


「皇太子様の、おなーりー!」


 さて、どのようにこの場をまとめる、レーン皇太子。

 キーツが見守る中、重厚な扉が開いていく。


「さっき話した通り、いくわよ!」


「うん!」


 ディアナはセリカにうなずく。

 扉が開ききったのを見て、ディアナはセリカの手を取って歩き出す。

 一歩、一歩とセリカが足を進めるたび、会場のざわめきが大きくなる。

 セリカが着ているのは、シンプルな純白のドレスだ。

 肩を出し、身体の自然なラインを生かしたイブニングドレスである。


「なんだ、あのドレスの素材は?」


「あえて身体のラインを出してツヤを見せるの?」


 ざわめく貴族たちは一旦放置。

 打ち合わせ通り、ディアナは会場の真ん中で立ち止まる。


「最初の流れこそ不本意ではありましたが、おかげで最高のドレスを皆様にお見せすることができました。私たちは、うっかりな令嬢に感謝すべきかもしれません」


 ディアナの挨拶に続き、セリカの上品なカーテシー。


「皇太子様は……あの令嬢をお許しになると」


「アルス陛下なら謝罪として、令嬢の身柄を王に引き渡さねばならないというのに……なんと寛大な」


 会場がざわめく。


「これは、絹のみで作ったドレスでございます」


 白い絹はセリカの黄色みがかったきめ細かい肌と、つやのある黒髪を引き立てている。

 歩くだけで周りを圧倒する美しさが、そこにはあった。


「あなた方が出資してくだされば、このようなドレスに誰もが袖を通せる未来がやってくる」


 ディアナは会場を見回す。


「今のような、全ての富を一握りが独占し、ほしいままにしている時代は終わるのだ。未来のために、これからも私と良い関係を持ってくれると嬉しい」


 このようにして、初回の舞踏会はフィナーレを迎えた。

 1ヶ月後。

 ディアナは約束を果たすべく、舞踏会と同じ招待者でディナーパーティーを開いた。

 ディナー前の挨拶の段階で、貴族たちから協力の申し出が相次ぎ、ディアナは手応えを感じた。

 ディナーは男女混合で、自分にすり寄ろうとする令嬢を失礼にならないようかわすのでディアナは精一杯だった。

 デザートの後、女性は化粧直しのために一旦席を外す。

 ディアナは男として、夕食会場に残った。

 さて、情報収集の時間だ。

 ディアナは自分の向かいに座った貴族に笑いかける。


「私のパーティーはいかがだっただろうか? 病弱だったせいで、主催に慣れていない。至らぬところなどあったら、これからの楽しい時間のために教えてほしい」


「至らぬところなど……とんでもない。あのアルス王の息子とのパーティーと聞いて不安だったが、二回とも常識的なパーティーで安心しました」


「私は皆の者と普通に楽しみたいだけだ」


「アルス王が女性をパーティーに呼ぶときは、婚約者がいる者であっても構わずに愛する……乱れた会になることが多いものでして」


 アルスには、中小貴族の婚約者を寝取って婚約破棄させる趣味があるそうだ。

 結婚していても、無理やり襲い、自分の取り巻きにも愛させ、女性側の不貞の証拠を握って離縁させ、愛人にしていたらしい。


「わが父のことながら、気分が悪くなる話だ」


「ただ、子供ができたのは、ある中貴族の婚約者のメイドだったナオミだけで、身分が違いすぎて皇后の位にもつけられないようですが、アルス陛下は気にしていらっしゃらないようです」


「私が王位についても、そのようなふざけたことはしない。絶対に」


「アルス王には二人お子さまがいらっしゃいます。一人目はノーデン領主で、二人目がレーン皇太子殿下」


「ふむ」


 ああ、ここでもディアナはいなかったことにされている。

 ディアナは内心悔しかった。

 セリカに絹をもらって、確かに私は力を手に入れた。

 でも、まだ、ディアナに戻るには、足りない。


「なぜ、お兄様と違う場所で育ったのか、興味はおありで?」


 ディアナは本気でびっくりした。私の家族は、ママと、レーンだけじゃなかったの?


「兄? すまない。少しぼんやりしていた。私は王都に来るまで、きょうだいと、母と、あとは家庭教師のブレナンさんと4人で過ごしていたから、兄の存在自体初耳だ」

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