49.ディアナが女王になる話
ディアナをナオミから助けられなかったことに対して許しを求めるサイファーに、ディアナは即答する。
「私のことを皇太子ディアナ様——ううん、女王ディアナと呼ぶこと。私は、女王だよ」
揺れる馬車の中、不敵にディアナは笑う。
*
「いつもの調子でディアナ、って呼び捨てしてごめんなさいね」
即位式が行われる大聖堂へ向かう馬車の中、セリカはディアナに頭を下げる。
「セリカのことだから悪意はないだろうけど、これからはケジメをつけなきゃいけないの。馬車から降りるとき、私のマントのすそをディアナとミルキーに持ってもらうのも、そういうこと」
「あたしは皇太子様の性別がどっちでも、皇太子様に従うだけですよ」
「ありがと、ミルキー」
馬車が止まり、誰にもエスコートされることなく、ディアナは地面に降り立つ。
白い絹のドレスに、結い上げられた金色のポニーテール。
大きく開いた胸元には、刺青のように
皇太子の馬車から女が降りてきたことにどよめく周囲に対し、笑顔でディアナは視線を受けて立つ。
アルスの葬儀から、色々なことがあった。
ナオミの廃洋館が燃えてから、1に政治工作2に政治工作、3、4がなくて5に政治工作の日々で、目が回りそうだった。
一歩一歩、祭壇へ向かう赤いじゅうたんを踏みしめてディアナは進む。
ディアナは即位の前、自分の主張を注意深く流していった。
アルスの意向で女なのに男装させられて皇太子になっていたこと。
今のところ、正統な後継者としての血筋は自分が最も正しいこと。
それを教皇に明言させ、信心深い保守派ほど女王即位という革新的なことに文句が言えないようにする。
絹をはじめとした皇太子名義の事業は、レーンとディアナ連名という形の書類にしていたため、実はディアナだったということを公にしても、問題は起こらなかった。
ノーデン系の血筋の王が続いているから、自分の跡継ぎはズーデンの血をひく人間を養子にするか、ズーデン領主の親族と結婚する、という不自由を即位に際して飲まされたので、ディアナはごく幼いズーデン領主の子供を養子にし、王城で養育している。
彼の母親は臣籍降下した王女の娘だから、王家とも関係がある。それに、サイファーから聞いた、ズーデンの教育で狂って児童虐待をしてしまったオーランドの義母の話からして、ズーデンの教育はよろしくなさすぎる。
そんなわけで、乳飲み子をディアナは引き取り、王家としての教育をする、と宣言し、皇太子とズーデンの関係を血筋以外絶った。
皇太子は乳飲み子だ。彼が成人するまでの14年の間、私が暗殺される可能性は減らした。
これからの14年が勝負だ。
ディアナは、教皇に差し出された王冠をかぶる。
「女王陛下、万歳!」
「ディアナ女王、万歳!」
教会を埋め尽くす祝福の声。彼らに笑顔を返し、教会のバルコニーへ上がり、これからの国について堂々とスピーチし、教会から去った後は元の馬車に戻り、王城までパレードする。
板一枚でも、熱狂的な喝采から離され、ディアナは人心地ついた。
帰り道も、セリカとミルキーと一緒だ。
「……セリカ」
「なに?」
「わたし、世界を変えられたよね?」
「ええ」
「よかった……」
安心したように目を閉じたディアナに、「でもこれからよ」とセリカは続ける。
「今までの、アルスの腐りきったやり方が良かった人間は、たくさんいるわ。女王になったことは、ただの始まりに過ぎないの。今までは、自分を取り戻すことだけを考えていたけれど、これからは、自分であり続けることを考えなきゃいけないわ。これは、人生で一番難しいことよ」
「え?」
「がんばってね。私があなたに挙げられる知識は、これが最後よ。これからのディアナの事、ノーデンからひっそりと応援するわ」
セリカがにっこりと笑う。
馬車が止まる。
「セリカ様、迎えに来ました」
ディアナの馬車の前に、オーランドがひざをついていた。
彼の奥には、ノーデンの紋章がついた馬車が止まっている。
「ありがとう」
セリカはなんでもないようにオーランドの手を取って、馬車へ向かって二人で歩きだす。
ミルキーも「あたし、ちょっと休暇もらうね、女王様」と、馬車から降りていく。
「あたしは女王様の元に戻るけど、セリカはここでさよならだね」
セリカとミルキーがノーデン行きの馬車に乗って、いなくなってしまったのをディアナはぽかんと眺めていた。
「女王様、お手をどうぞ」
きどったしぐさでレミーがディアナへ手を伸ばす。
「ありがとう」
ディアナは、レミーの手を固く握り返し、王城へ向かう一歩を踏み出した。
後世の歴史書に。
女王ディアナは国号をニューブリテンから「絹の娘が治める国」としてセリカンに変更。
外国の存在を公に認め、西部アメリカ共和国との国交締結をはじめとして、世界各国と交流を再開すると同時に、国際社会に向けて永世中立を宣言し、絹の娘以外の不死の娘の保有を行わないことを宣言。
国内に対しては、王権の強化によって貴族の取り立てや取り潰しを気まぐれに行う専制君主だ、と在位中はみなされていた。
しかし、彼女の施策は国民に寄り沿ったものであり、気まぐれに見えたのは国民目線での視線だったことが歴史書を編集すべくディアナ女王時代の資料を見直した際に発覚。
さらなる研究が待たれる人物であり、王都に来る前のディアナに関する文書資料がなく、レーンについての文書も、ディアナが王都に来る前に死んだ弟の記述と区別が難しいため、ディアナ女王がどこで生まれ育ったのか特定すれば歴史的大発見になる。
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