エピローグ
50.ミルキーがハーヴィーの墓参りに行く話
女王即位の華やかさに沸く王都から、離れる馬車が一台。
「セリカ、ついてきてくれてありがとう」
オーランドの感謝に、セリカは居心地悪そうに顔をそむける。
「まあ、ね。いろいろあったけど……心から反省してるみたいだし?」
「あたしがいる前で見せつけないでくれるかい?」
ミルキーのあきれ声。
顔こそ隠しているが、セリカの耳は真っ赤に染まっていた。
「あの、オーランド様、セリカ様、これからの行程はどうするんでしたっけ?」
ニールの質問に、セリカが真顔に戻る。
「女王陛下から絹の娘を借りっぱなし、っていうのも悪いから、まずはハーヴィー……いいえ、リリーさんのお墓参りに行きましょう。いいわよね、オーランド?」
「ああ。それが、いいだろう。ミルキーさん、妹さんとの再会がこのような……言葉にできないほど痛ましい形になってしまい、大変申し訳ありません」
オーランドは、ミルキーに頭を下げる。
「領主様、頭を上げてください。あの子を弔ってくれているだけでもうれしいよ。死んだ娼婦が、誰にも埋葬されずに野原に捨てられるだけ、なんてことはざらだったし」
馬車に揺られ、一行はハーヴィーの墓がある村へ到着した。
数年前のこととはいえ、領主がやってきて難産の少女を助けようとしたが、力及ばず少女が死んでしまったという悲劇は、未だに村人たちの記憶に残っているようで、彼女の親族だ、とオーランドが村長にミルキーを紹介すると、丁重なお悔やみと、妹さんに、と花束が返ってきた。
村長の案内で、リリーが眠る墓に4人はついた。
あまりに戻るのが遅いようなら迎えに来る、と言って、村長は村へ戻った。
「思ってたより、きれいだね」
花束を供え、しばらく目を閉じていたミルキーが、しみじみとつぶやく。
リリーが眠っているのは、両手に乗りそうなほどの大きさの、何も彫っていない墓石を一つ置いただけの墓だった。
このあたりの農民によくある墓の形だ。
他の墓石のまわりには雑草が生えたり、なかば自然に帰りかけているものもあったが、リリーの墓の周りだけは、きちんと雑草が抜かれていた。
「僕、オーランド様から休暇をもらってお墓の掃除したりとか、花を供えたり、ここの教会に寄付して、お墓の管理を頼んだりしてるんです」
「なるほどね、ニールが覚えているから、村のみんなもあの子のことを覚えてるんだね」
「覚えてないですよ。悲劇のヒロインの話を面白がってるだけですよ」
ニールは吐き捨てる。
「でも、これでいいのかも。ハーヴィーが男のふりをして教会に忍び込んだのは、世の中からしたら、罪だったのかもしれません。でも、この村には、出産で死んだ女の子の話だけが残ってます。全然、ハーヴィーが僕のことをかばってくれたから僕が男のままでいられたこととか、僕が出会う前のハーヴィーのこととか、誰も覚えてないんです。でも、ハーヴィーが一番安らかに眠れるのは、かわいそうな女の子、ってことだけを覚えてもらってる方なのかな、って思えちゃいます」
「そうじゃないと思うよ、ニール」
「どんなにつらかったとしても、リリーがどんな風に生き抜いたのか、あたしは知りたい。あたしだけでも、リリーの人生について何もかも覚えておきたい。知っている範囲でいいから、教えてくれないかい?」
「はい!」
ぽつぽつと、ニールはリリーとの思い出を語った。
日が暮れて村長が4人を迎えに来た時には、泣き崩れるニールをミルキーが抱きしめ、その様子を温かく見守るオーランドとセリカがいた。
4人は馬車で行ける範囲にあるアフェク城に泊まることになり、サイファーが彼らを手迎えた。
サイファーの足元に、来客から隠れるように恥ずかしがっている、小さな金髪の女の子がいた。
「ブリュンヒルドさま、この人たちに私もあいさつしなきゃだめ?」
「そうだよ、オーランドおじさまがきてくれたからね」
サイファーの答えに、女の子はぱっとつり目を輝かせた。
「おーらんどおじちゃまだ!」
おかえりなさい! とオーランドに駆け寄り、抱っこをねだるその姿は、ミルキーには、いつかの幼い日の思い出とそっくりだった。
まだ、家族が一緒にいた時。父親が元気だったころ、リリーはよく父親になついていた。
「リリーの忘れ形見、ラーズグリースです」
「そうかい……この子が」
セリカとミルキーを見て、ラーズグリーズは「はじめてのひとだよね?」とオーランドに話している。
「おじちゃま、このおばさんたち、だれ?」
オーランドの腕の中で、無邪気にラーズグリーズが笑う。
「ラーズグリーズの天国にいるママの、大切な人たちだよ」
悲しげな顔をするオーランドに、ラーズグリーズはこてんとくびをかしげる。
「よくわかんないー! おばちゃんもだっこして!」
ラーズグリーズにねだられ、ミルキーはラーズグリーズを抱きしめた。
小さな妹を世話したときの記憶がよみがえってきて、ミルキーは視界がにじむのを止められない。
「おばちゃま、悲しいの? 泣いてるよ?」
「違うんだよ……君が生きてることが、嬉しいんだよ」
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