40.教皇の弱みを直接握る話

※直接的ではありませんが、R15程度の暴力/性的表現があります。苦手な方は読まずに次の話に直接進んでください※






















***



 変な音がする扉の前で、レミーが小さくつぶやく。


「俺が切り込む。オーランド様と皇太子様は、俺がいいというまで中を見るな」


「わかった」


「なぜ俺はだめなんだ?」


 オーランドは首を傾げる。


「デ……皇太子様より、精神的な衝撃はオーランド様の方が受けると思う」


「オーランド様、ひどい目にあった子供を見ると取り乱すってセリカから聞いた」


 ほぼ同時に2人に言われ、オーランドは気まずそうにそっぽを向いた。


「覚悟はしている。役には立つ」


「オーランド様は、皇太子様を守ることだけ考えてくれ。部屋には皇太子様から入れろ。その方が、中の人間を威圧するには効果的だ」


「そうか」


 レミーは扉を蹴り開ける。


「ようなまぐさ神父! さっさと汚いもんしまいな! 神の意志に反したことをしてる馬鹿がいるって天使様から聞いたんで、人間は従うしかねえんだよ!」


「ぎゃあああっ! なぜ、なぜここが!」


「さっさと下着着ろや!」


「ひいいいっ!」


 レミーの路地裏育ち丸出しのならず者丸出しの罵倒ばとうと、神父の悲鳴が何度か続き、しばらくして静かになった。


「入っていいぞ」


 レミーが部屋から顔を出す。


「お、おじゃまします」


「おじゃまします」


 異様な空気にのまれ、ディアナとオーランドはなぜか敬語であいさつしながら敷居をまたぐ。

 中には、腰に布一枚巻いただけで床に座ってうつむく神父がいた。

 全力で枕にしがみついたまま「痛い」とつぶやき続ける少年。

 シーツに血がついているのが見えてしまって、ディアナは口を押えた。


「うわあ……」


「神父、顔上げろよ」


 レミーにあごを持ち上げられた神父は、ディアナを見るなり驚きに目を見開いた。


「こ、皇太子殿下?!」


「教皇猊下げいかあ!?」


 ぽかんとしたディアナに対し、オーランドが心から驚いた、という声を上げる。

 言われてみれば、皇太子として出席したミサで説教していた教皇と、同じ顔だ。


「いったい何をなさっていたんですか!」


 オーランドの怒声。「まあまあ」とレミーがオーランドを押さえた。


「ここは一番偉い皇太子様のご意見を聞くべきだな」


 ディアナに話が振られる。


「そうだな。言いたいことは山ほどあるが」


 男の子に夫婦みたいなことするなんて、人間としてあり得ない、と言いそうになる自分を、ディアナはぐっと抑える。

 無理やり関係を迫られた女の子のことを、私は悪女だと思い込んでしまった。

 深い関係のことに、安易なことは言えない。


「まずは、レミー、そこの男の子に服を着せてあげなさい」


「わかった」


 レミーに服を着せられ、男の子は明らかに安心した表情を浮かべていた。


「教皇、あなたは、神父は清らかであるべき、という常識を知らないんですか? しかも、あなたとその少年は、愛で結ばれたわけではないようだ。……天使の子孫として、国民と協議した上であなたを破門するかどうか決めるべきだな」


「それは……女が逃げたからだ! 教会から逃げてどこで生きていけると思ったんだ、あの小娘は! 異端審問官の付き人にもしてやったのに!」


 ディアナの言葉に、教皇はあわてた様子で身勝手な言い訳を言い続ける。


「ほう。その小娘、ハーヴィーとかいわなかったか?」


 オーランドの指摘は図星だったらしく、教皇は目を見開く。


「なぜ知っている……」


「天使様の導きによって、だ。ノーデンから中央教会に贈った、天使様が下さった円盤と同じように、ね」


「そうか……神は、教会を見放したか……」


 うなだれる教皇に、ディアナが追撃する。


「少年だけではなく、少女までを……教皇様を破門するように、父上のアルス王に進言するか……いや、父上は貴族の皆様の意見をよくお聞きになる方だ。まずは貴族の皆様にお知らせしなければ」


「それだけはやめてください!なんでもしますから!」


「ん?いま、なんでもするって言ったよね?」


 がくがくとうなずく教皇に、ディアナはにっこりと目を合わせる。


「なら、教会に女が入ってもいいようにする?」


「し、しかしそれは……古くからの決まり事ですから」


「聖書に書いてないのに? 女は教会に入っちゃダメなんて? 神は娼婦さえも赦すのに?」


「それと同じように、神は暴行を行えとは言っていないだろう。少年に暴行を行うように、女を教会に入れないっていうのもな。それに、ハーヴィーは女でも、もう教会に入っているじゃあないか?」


 地を這うようなオーランドの声に、教皇は少女のような悲鳴を上げる。


「入ってもいいでしょう!」


「教会には、次からこんな悪徳がはびこらないようにしてくれる?」


「します! だから、貴族にこのことを話すことだけは! やめてください!」


 ディアナは、オーランドとレミーと視線を合わせる。


「皇太子様、どうなさいますか?」


 レミーに促され、ディアナは「そうですね」ともったいぶる。


「天使の子孫として、あなたのことは赦しましょう」


「ありがとうございます」


「でも、ケジメは必要だよね」


 ディアナの笑顔に、教皇はびくりと肩を震わせる。


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