39.ノーデンから助っ人が来る話

 ディアナと銀ピカ騎士のにらみあいは、しばらくつづいていた。


「かぶと……脱いでくださらないんですか?」


「なぜ脱ぐ必要が?」


 地を這うような、男のブレナン先生の声がソプラノに思えるくらい低い騎士の声。


「いやだって、部屋の中で帽子とかかぶととか脱がないの非常識だし、皇太子として王城に顔がわからない不審者を入れるわけにはいかないよ?」


 そろそろ衛兵でも呼んで追い払おうかな、この騎士、めっちゃ強そうだし、低い声で話されるたび、なんだか背中がひやっとする。一緒にいて楽しい相手じゃない。

 ディアナがそう考え始めたとき。


「デ……じゃなくて皇太子様、その人誰って……あーっ!」


「セリカ?」


 息を切らせてセリカとフォーサイスがやってきた。

 その後ろから、警戒体制のレミーが続く。


「ああブリュンヒルド様! 皇太子殿下も!」


「へ? 知り合いなんですか?」


「命の恩人ですよ!」


 勢いよくフォーサイスがいう。


「でも……かぶと……」


「えーと、サイファーさんは、かぶとを被ったままが正式な装いの方なので、身体検査などはこっちでやっておくので!」


「世の中色々あるのよ!」


「信頼していいの?」


 セリカもなんだか事情を知っているらしい。だったら大丈夫かな。

 怖いし怪しいけど、この騎士。

 ディアナが騎士に疑いの視線をむけると、ふっ、と鼻息が聞こえた。


「わが主人はノーデン領主。ノーデン領主の主人は皇太子殿下。なぜ剣を向ける必要が?」


 暑苦しいしなんかめっちゃ偉そう!

 ディアナが引いていると、「なんだそりゃあ」とレミーが腰に手を当てた。

 あれは、あきれていると見せかけて隠しナイフを引き抜こうとする予備動作だ。

 気持ちは、わかる。だってめっちゃ怪しいし。

 ディアナはレミーに何も言わない。


「そういう忠義面して寝首をかくのが貴族様のやり口だろ」


「レミーさん! 話がややこしくなるのでやめてください!」


「レミー、大丈夫だから入れてあげて!」


 フォーサイスとセリカに止められて、レミーはしぶしぶ手をぶらつかせる。


「なら、入ってよいか? オーランドに頼まれたものを持ってきた」


「それはそれとして、お互い事情がある身の上です。皇太子に忠義を誓うのならば、秘密を守れる人間たちの前だけでは、かぶとを脱いでいただけませんか?」


 レミーに続いて、セリカと騎士の間に火花が散る。

 フォーサイスは「どどどどどどうしよう……セリカさんの言ってること正論だしでもかかかかかぶとは……」と、ひたすら混乱していた。


「秘密を守れる人間、とは?」


「オーランド様、フォーサイスさん、皇太子殿下と皇太子殿下の懐刀の……そこのレミーと、私ですわ。私は……そうですわね。皇太子殿下に、この国を守る守護天使といかに意を通じ合わせる方法などをお教えしている、とだけ申し上げておきます」


「教会関係者か?」


 ひっ、とレミーが小さく震えるほど冷たい騎士の声に、にっこりとセリカは笑う。


「そんなものではありませんわ。教会によってねじ曲げられた真の天使の姿と、天使に告げるべき祈りを教えていますわ」


 なんだか持って回った言い方だなあ、とディアナは思う。


「まあいいだろう。その条件、飲んだ」


「でしたら部屋を用意しますわ。サイファー様。フォーサイスさんも付いてきてくださいな」


 セリカは二人を従えて廊下の奥に進んでいく。


「いざという時って、女の方が度胸あるっておやっさんがいってたの、マジだな……」


 レミーのつぶやきに、ディアナは深くうなずいた。


「オーランドに届けたいと言っていたものは、これだ」


 ところ変わって、オーランドもいる談話室。

 騎士の席が用意され、ディアナは作戦会議の仕切り直しをした。

 早く話を進めたい、と騎士はかぶとをかぶったまま、ディアナに銀の円盤を差し出す。

 真ん中に、指が通るほどの穴が空いていて、光があたるごとに円盤は虹色にきらめく。


「なんですか?」


「教会に言うことを聞かせるのに重要な役割を果たす。光に当てないように」


 それ以上のことを、騎士は語らなかった。


 教会とどのような関係をこれから築くにしても、まずは教会に行かないと意味がない。

 そんなわけで、必要最小限の物だけ持って、ディアナ、レミー、オーランドの3人は教会へと馬車を走らせる。


「異端審問の書状も持っていくの?」


 馬車の中でディアナは、オーランドに確認する。


「そうだ。異端の疑いを解くために行った、ってことにする」


「じゃあ、普通に正面から入る?」


「正面からだと意味がない。裏から入って、しっぽりやってるところを掴もう」


 レミーが口をはさむ。


「裏?」


「絹を盗みにきた少年がいただろう」


「彼から、サイファーさんが道を聞いてきた」


 オーランドが地図を取り出す。


「それと俺が飛脚で教会に来た時の状況を突き合わせて、潜入ルートを作ってきた」


 レミーが胸を張る。


「彼から、友人が『お仕置き』されていた部屋の位置も聞き出している。裏からしか行けないようになっているから、裏から進もう」


 馬車から降りて、教会の裏に向かう。

 地図に書いてあった道の通り、建物の影から影、隠し通路のようにひっそりとした廊下を進む。


「今聞いていいかわかんないけどさ、あの子は『お仕置き』されてたの」


「されていなかった。だから『お仕置き』から逃げるために盗みを選んだ、と言っていた」


「……ひどい」


 尊厳を失うか、罪を犯すか。

 何も話せないまま地図の方向指示に従って、三人は『お仕置き』部屋の前にたどりついた。

 部屋の中から、ギシギシなにかが揺れる音と、くぐもった悲鳴のようなものが聞こえている。

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