29.レミー無双の話

 レミーの奇行に、オーランドとフォーサイスも目をみはる。


「どういうことだ? ナオミ王妃が歪んでいる、とは?」


 オーランドの問いかけに、レミーは立ち上がる。


「オーランド様はナオミ様……お前の母さんに『レーン王子になにかない限り名乗り出ません』って断言したんだろ」


「ああ。その通りだ」


「だから……なにか起こして名乗らざるを得ないことにしたかったんだろ、お前の母さんでオーランド様の母さん」


 空気が一瞬で凍りついた。


「……そんな、いくらママだからってそんなこと、し、しない。だって……」


 初めに動けたのは、ディアナ。ママのことは嫌いになりたくない。標本を燃やされたりもしたけど、ママは私のママなんだから、私のことを殺したいくらい嫌ってるはずがない!

 だってだって、普通の家族はそんなことしない。お父さんとお母さんがいて、子供がいるのが家族だってブレナン先生が教えてくれた。私の家族はママとレーンとブレナン先生で……パパがいない。あれ、私の家族ってふつうじゃない……?


「今現在でそんなことやってるも同然だろ、お前標本全部燃やされて髪ぶった切られて墓石まで建てられてるんだぞ。少なくとも、ナオミ様はお前の事、取り換えがきくゲームのコマくらいにしか思ってないぞ」


 混乱して再び固まったディアナに、レミーが容赦なく告げる。


「だ、だって……というか、レミー!」


 ディアナが声を荒げると「れ、レミーさんを責めないでください!」と、フォーサイス。


「ディアナ様の秘密については、ぼ、僕もオーランド様も、絶対に他言しませんから! じ、実は、医療行為として、皇太子さまの素肌を見てしまって……申し訳ありません」


「フォーサイスさん……あなたには怒ってないです。むしろフォーサイスさんがいなかったら助かっていなかったと、セリカから言われているので、その、名誉とか尊厳を汚されたとかいう気は、全然ないので安心してください!」


 頭を下げるフォーサイスに、むしろディアナのほうがあわてていた。


「あ、ありがとうございます!」


「話を戻そう。ナオミ王妃の話だ。彼女は、私との会談の最後で、気が狂ったかのような行動をとった」


 オーランドがフォーサイスを視線で制す。


「ナオミ王妃は、後宮を追い出された、レーンはいい子だったのに、レーンはもういない、と支離滅裂な言動の後、突然倒れて、それでナオミ王妃との会談を俺は切り上げた。その時は、興奮してナオミ王妃がおかしくなっていたのだと思ったが……皇太子様の事情を知ると、ナオミ王妃は発狂したわけではない、と今になって分かった」


「そんなことが……」


 初耳らしく、フォーサイスが目を見開く。


「フォーサイスさん、あんた一応オーランド様の付き人ってことになってるのに、ナオミ王妃はオーランドだけを話に呼んだのか?」


「はい。は、肌の色がおかしいから屋敷に入るなと……」


 レミーは「最悪だなナオミ王妃」と吐き捨てる。


「フォーサイスさんはいい人で、その上有能なのに、肌の色だけで門前払いかよ。盗賊のお頭だって、どんなモヤシでも一回は顔見て仁義通すのによ。ディアナとレーンの母ちゃんで、俺の命の恩人じゃなかったら今ごろ殴り飛ばしてる」


「レミー様……ですが、肌の色が違うことを理由に祖国では、散々な扱いを受けてきたので、この国の人の偏見のなさには、感激するばかりです」


「お、おう。でも肌の色でなんで差別なんかするんだ? 同じ金髪でも、ナオミ王妃はフォーサイスさんを門前払いして、ディアナは普通にお茶に呼んでるじゃん。そんな風にさ、金髪ってことは人間性を保証しないじゃん。フォーサイスさんの国にはすげえ道具があるらしいけど、道具のせいで人間がばかになったのか?」


「ええと……レミーさん、ナイフがなまくらでも鋭くてもレミーさんの腕が変わらないのと一緒で、道具は関係なくて……なんというか、この国の人が王様がいるのを当たり前に思っているように、差別が当たり前になっていて……」


「でも、それを当たり前としてフォーサイスさんが受け入れる必要はないんじゃねえの? この国なら誰もフォーサイスさんを肌の色を理由に手ひどく扱わねえと思うし。ナオミ王妃以外」


「レミー様!」


 レミーとフォーサイスが互いに歩み寄って熱い握手を交わす。

 その後ろで、ディアナはやっと、オーランドの言葉を理解できた。


「皇太子として、扱ってくれるんですか?」


 震える声でディアナはたずねる。

 その声は、確認であり、おそれであり、期待であった。


 レーンはいなくなった。

 皇太子様の事情を理解した。


 オーランドは、皇太子と【レーン】を切り分けて考えている。

 そのことは、ディアナにとって、重大な意味を持つ。


「その通りです。ディアナ様」


 何を当然のことを、とばかりにうなずいたオーランドの表情が、どんどんにじんでいくのを、ディアナは止められなかった。

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