17.フォーサイスがカーラの正体を知る回
皇太子の手紙を、フォーサイスは読んでいく。
絹作りに成功し、養蚕技術の普及と開発が進んでいること。
神の意思によって皇太子に蚕がもたらされ、黒髪の、セリカという女と『絹の娘』と呼ばれる
それを横取りしようとし、女たちを乱暴しようとしたアルス王が離宮全ての召使いに見限られたこと。
そして、自分と良好な関係を築いてほしい、という内容の定型文で手紙が締めくくられていた。
興味深い手紙だ、内容も、字の形も。
ノーデンでよく見る手書きのつづけ文字ではなく、1字1字が分離し、はっきりと読める。だが、にじんだ字もある。
これはもしかして。フォーサイスが手紙を手に取ろうとしたその時。
甲高い、物が割れる音がした。
「オーランド様! 大丈夫ですか!」
フォーサイスは思わず立ち上がる。
カップを取り落として「……カーラ?」とオーランドがうめいていた。
オーランドはフォーサイス以上に驚いていたようで、ニールに服をふかれるがままになっている。
ニールが割れた陶器を片付け、部屋を出て行った時、やっとオーランドは「おや、ティーカップがない」と声を発した。
「落とされたのです。ニール君が片付けてくれて、新しいのを取りに行っていますよ」
「そうか。見苦しいところを見せたな」
「おちつきましたか?」
「ああ」
蚕は外では絶滅している。
だから、フォーサイスは皇太子の発表に驚くと同時に、『不死の蚕』を連想した。
オーランド様が驚くのも当たり前だ、と思ったが、どうも自分とは驚きかたが違う。
きょろきょろとせわしなく部屋中を見回したかと思えば、うつむいて顔を染め、指を組んではほどいている。
まるで、いたずらか失敗が見つかった子供のようだ。
「皇太子が絹を作った、ということは、オーランド様が持っていたペンダントは、皇太子の手元にあるのでしょうか?」
フォーサイスが何の気なしにたずねると、オーランドは真っ青になる。
「すまない、カーラ、俺が不甲斐ないばかりに……! あれだけはどうか……くそ、どう罵られても俺はカーラに、何も言えない。最初に嫌いだと言ってしまったのは俺の方なんだ! コーヒーもカレーもチョコレートも手に入るように、頑張ったんだ……」
フォーサイスも目に入らない様子で、オーランドはうつむいて震える。
「カーラ?」
「ゆるしてくれ」
「オーランド様? 大丈夫ですか?」
「すまない。このことは他言無用だ。ニール、席を外してくれ」
ニールがドアを閉めたのを確認し、オーランドは、フォーサイスにノーデンが発展したことについて、最初から話した。
カーラと名乗る、しゃべる蛾のペンダントが色々教えてくれたこと。
返し切れないくらいの恩があったのに、少女が出産で亡くなったことをきっかけに、自分が一方的に怒ってしまい、彼女を閉じ込めてしまったこと。
フォーサイスを教会から救出した時、カーラはどうやったのかわからないが、ニールを操って、1人教会から出て行ったこと。
教会のことは、フォーサイスも記憶にある。
どう見ても白人系の少年が、フォーサイスに対し、古いアクセントではあったが、日本語を話した。
そして、すたすたと去っていくその背中に、オーランドが必死に声をかけていたことも。
「オーランド様が、やけに技術に詳しかったり勘がいい時に私が理由を聞くと、いつも『説明が難しい』とおっしゃっていたのは、そういうわけですか」
「ああ。おとぎ話みたいだろう? 大の男が真面目に話す内容じゃない」
「いいえ、少なくとも私には、真面目に取り扱うべき話題におもえますよ」
「ありがとう」
「不死の蚕と、不死の蚕である意味不死になった唯一の娘のことを、詳しく話しましょう」
フォーサイスは深呼吸。
「不死の蚕が、河原せりかという女性に食べられたのは、事実です」
フォーサイスは、河原せりかについて語る。
彼女のプロフィールは、オーランドが知るカーラと瓜二つだった。
「……彼女は、手柄を横取りされた上、ほとんど殺されたようなものだったんだな」
「彼女の夫を詰問して、全ては明らかになりました。不死の
「カーラ……カワハラセリカ、と確かに彼女はなのっていた。うまく聞き取れなくて、カーラでいい、って言われたんだった」
セリカ。その名前を、少し前に見た気がする。
フォーサイスは、手紙を掴む。
「そういえば、皇太子様に絹の作り方を教えた女性の名前は……せりか、ですね。あとこの手紙、活版印刷を使っています」
オーランドは勢いよく立ち上がる。
「間違いない、カーラだ。ニール! どこにいる? 早く王都行きの馬車を仕立てろ! 皇太子に、カーラに会えるようお願いしてもらうための文書も用意するんだ! っておぐううう!」
「オーランド様! 大変です! 王妃様から手紙が! ってむぐぎゃおふう!」
すぐにでも王都に行こうとするオーランドと、オーランド宛に王妃から送られた手紙を渡そうとしたニールが正面衝突し、二人ともはねかえされ、しばらく痛みにのたうちまわっていた。
フォーサイスの手当てもあり、二人はすぐに回復し、
「王妃様ですか? お名前は、ナオミ・サリンジャー様と」
「ナオミか」
フォーサイスが読み上げると、オーランドは何かに気づいたように、目を見開いた。
手紙は王妃直々だが、個人的なものだった。
内容を要約すると、『あなたに伝えたいことがあります、ぜひ直接会いたいです』とのことだ。
「オーランド様、多分、王妃様の手紙を予測したわけじゃないと思いますけど、これを口実に王都に行くの、いいアイデアだと思いますよ」
ニールに、オーランドはうなずく。
「わかった。王妃との話は早く切り上げて、カーラ……セリカに会いに行こう」
「私もおともします」
旅の準備が整い、いざ出発というとき、飛脚の馬車が突っ込むようにやってきた。
「なんだ?」
「オーランド・ガーディン様!」
オーランドの前にに、矢のように素早く、白い修道服を着て、首から毒々しい輝きを放つロザリオをかけた少年が、地面にひざまずいた。
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