47.ナオミの隠れ家が火事になる話
もみ合いというには一方的すぎるナオミとサイファーのぶつかり合いの結果、ろうそくの火が屋敷に燃えうつり、火事が起きた。
「逃げるぞディアナ! 今なら、燃えてるのはこの部屋だけだ!」
レミーがディアナの手を取り、ドアの外に出ようとする。
「逃がさないわよ!」
「お待ちください! ナオミ様!」
二人を追いかけるナオミ。彼女をブレナンが追いかける。
「おい! 早く消せ……ちっ!」
火を消そうとする気がない一同に舌打ちし、サイファーも逃げ出す。
廃洋館は、あっという間に火がまわっていた。
「どうなってんだよ! いくら崩れかけの屋敷でも、ここまで火が回るのが早いのはおかしい!」
「ええそうよ! あんな汚らしい男なんかと結婚してやるもんですか! ディアナを殺して首を持ってきたら、あの男ごと燃やそうと色々細工してたのよ!」
ナオミの言葉に、レミーが表情を引きつらせる。
「だから暗い部屋に引きこもってろうそくを使ってたのかよ! 一度だけでもこんな邪悪な女を自分の命の恩人だと思った過去の俺自身がバカだったよ! 俺の命の恩人は、レミーとディアナだけだ!」
「しゃべるな! 煙を吸い込む! 身を低くして逃げろ!」
サイファーの指示が飛ぶ。一番逃げるのが遅かったはずなのに、よろいを着たままディアナのすぐ後ろにいる。
「サイファーさん、ブレナン先生は」
「まずは自分の命を守れ! あと、早くナオミから逃げろ。あいつ、ディアナと死ぬ気だ」
ディアナの質問を流し、サイファーは後ろを指さす。
鬼のような形相のナオミが、追いかけてきていた。
「ディアナが死んでレーンが生きるのが正しいの! だからここでディアナが死ねば、全部正しくなるの!」
狂気だった。
ディアナは二度と振り返らず、出口へと一目散に走る。
もうすぐ出口という時。
ディアナの背後から、燃えた木が崩れる、この世の終わりのような音がした。
「サイファーさん!」
「私は無事だ!」
「ディアナ! 柱が折れる前に出るぞ!」
命からがら、三人は洋館から逃げ出した。
「ブレナン先生は……」
ぼうぜんと洋館を見つめるディアナの目には、真っ赤な炎だけがうつっていた。
真っ赤な炎だけが、ナオミの世界のすべてだった。
燃え落ちた天井が、ディアナが逃げて行った道と、ナオミを永遠にさえぎっている。
「なんで……みんな、私を、ひとりにするの……ブリュンヒルドも、レーンも……」
ナオミの目から、涙が床にこぼれる。
ナオミをあざ笑うように、炎は勢いを増す。
そんな彼女の後ろから、靴音が聞こえてきた。
「私がいます」
「ブレナン……」
「いつもあなたの本当の望みを叶えられませんでした」
「私の弱さ故にあなたを守れませんでした」
「でも今度こそ間違えません、今度こそあなたを本当に支えます」
ブレナンはそう言って、ナオミの目の前にひざをつく。
「……ブレナンは、いつだって、私の味方だったのね」
ナオミは、ブレナンの右手に自分の左手を乗せた。
「……隠し通路があるの、道は教えるから、連れて行ってくれる?」
「わかりました」
王都のはずれの廃洋館が火事になったことは大きな話題になり、そこに王都追放になったはずのナオミ王妃がいて、彼女を追放するために皇太子が直々にそこを訪ねた、ということも相まって、徹底的に焼け跡の捜索が行われた。
ディアナが即位した後。
焼け跡のガレキがすべて取り除かれても、遺体が見つからなかったこと、隠し通路らしきものがあったことから、ナオミとブレナンが生きていることをディアナは知った。
その時にはすでに、ディアナが生まれ育った屋敷は売られて、ディアナの知らない誰かが買い取っっていた。
その知らせが、ディアナがブレナンの消息を聞いた最後だった。
そんな未来が待ち受けていることなど知らず、ディアナはサイファーと二人、馬車に乗った。
レミーは外を警戒する、といって御者席に座り、車内には女二人が残された。
「気がきくな。さて、二人きりになったことだ。ナオミの過去の話をしようか」
「お願いします」
サイファーはかぶとを脱ぐ。「長い話になる。まず、私の身の上話からだ。30年以上前の話だ」
「私が生まれる前ですね」
「私の姉はアルス王と結婚するはずだった。姉の影武者として、私も王都に送られるはずだった。ふざけた話だ。だから私は、実家を逃げ出して山に住む騎士へ弟子入りして―—そこで、ナオミと出会った」
「ナオミは、オーランドの前にノーデン領主をやっていた爺さんが、王都遊学時代にメイドと恋をしてできた子供だった。身分違いの恋だったらしくて、ナオミもナオミなりに実家で苦労したらしい。実家に居たくない、結婚もしたくないどうし、すぐ仲良くなった」
あの頃は、修行こそ厳しかったが、楽しい日々だった、とサイファーは笑う。
「師匠から、世間を知れ、といわれたから、私はナオミと二人で、武者修行と称して男装であちこち放浪していた。その途中で、シグルドと出会った」
「旦那さんですか」
「ああ。気づけば、お互いに恋をしていた。シグルドに女であることを打ち明け、結婚式の準備をしている時に王弟から馬上槍試合の申し込みがあった」
流浪の騎士は、王家の命令に従うことしかできなかった、とサイファーは
「アルスが無法であることを、シグルドは知っていた。だから、アルスと試合に行くと私が言ったら、私の分の避妊薬は用意してくれた」
「私の母の分は、なかったということですか?」
沈痛な表情でサイファーがうなずく。
「アルスの血族だけは残さない。当時生きていた貴族は、それを誓っていた。アルスの兄……亡くなった前の王様だが、彼の妻も、彼も若く、男の子が生まれる可能性があったから、アルスの子というややこしい存在で、王位継承権争いを激化させたくもなかった」
これがすべての間違いだった、とサイファーは目を伏せる。
「突然の事だったし、アルスの趣味は貴族の位がある女だけだったから、メイドのナオミはもし女だと分かっても、大丈夫だろうと、シグルドも油断していた」
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