46.ブレナンがナオミの命乞いをする話


 ブレナンはサイファーをおしのけ、かばうようにナオミに寄り添う。

 突然ナオミを弁護しだしたブレナンに、だれもがあっけにとられていた。


「アルスをあの日、止められなかった罪滅ぼしのために、私はナオミ様に仕えてきました!」


「じゃあなんでディアナの味方をするの!」


「それは、ナオミ様が『私たちは夫婦水いらずで暮らすから、ブレナンが私の子供の面倒を見てちょうだい』とおっしゃったからです!」


「じゃあ、責任もってレーンの面倒を見なさいよ!」


「そ、それは……私には、ナオミ様も、ナオミ様のお子様のディアナ様も大切な存在です! 亡くなった人として扱うことなんて、できません!」


 しどろもどろになりつつも、ナオミと必死に向き合うブレナン。

 ディアナは心の底が冷えていく気分だった。

 王都にきて、セリカと契約して、レミーと出会うまで、ディアナに寄り添ってくれたのはブレナン先生だけだった。

 ナオミが私の髪を切るのを止められなかったから、私の面倒を見てくれたわけじゃなくて、ナオミに言われたから私の隣にいたってこと?

 そう考えると、ブレナンがおかしくなった時の話題が、すべてナオミ関係だったことに説明が―—ついてしまう。


「ブレナン先生とナオミの口げんかは置いといて、ディアナ、どうする? 俺はサイファーさんと同意見で、王都の兵士か刑吏に連絡して、王都からつまみ出してもらうべきだと思う。でも、ディアナがそれだけだったら気が収まらないっていうんだったら―—」


 ディアナの横で、レミーは懐からさや付きのナイフを取り出す。


「刃を抜く、か。ここはわが領地ではない。いかなる非道があろうとも、見なかったことにしよう」


 サイファーも、レミーを止める気はないようだ。

 つまり、この先は私次第だ。

 ディアナはつばを飲み込む。


「ブレナン先生、人は呼ばないから、私の言うことを聞いて」


「は、はい?」


「ママが私にしたことは、絶対に許せない」


 ブレナンをみつめるディアナの顔は、恐ろしく冷たかった。


「ディアナ様……」


「だけど、それがなかったら、セリカにも出会えなかったし、世界も変えられなかった。だから、殺しはしない。それに、ママを殺したら、私を殺そうとしたママと同じくらい、私が自分勝手ってことになっちゃう」


 ディアナは息を吸い込む。


「わたしは、ナオミと同じ場所にはいきたくない。レミー、ナイフをしまって」


「わかった」


 レミーがナイフを懐に入れたのを確認し、ディアナはブレナンと再び目を合わせる。


「だから、ナオミは追放。それでおしまい。そして、追放された犯罪者のことなんて、皇太子の私と、私の家庭教師のブレナン先生が知ってるわけがない。レミー、サイファーさん、そうだよね?」


「確かに教会とつるんでさらに悪事がばれるバカなんて俺は知らねえなあ」


「皇太子殿下の仰せのままに」


 それぞれの回答に、ブレナンは気が抜けた様子で床にひざをついた。


「ほ、ほんとうに、いいのですか?」


「ナオミ王妃よ!」


 なおもわめきたてるナオミをディアナは無視。


「いいんだよ。ブレナン先生も、今までありがとうね」


 ブレナン先生にとっては、ナオミが大切なだけだったのかもしれない。

 でも、王都に来たばかりのディアナに、誰よりも寄り添ってくれたのもブレナンなのだ。


「今までの感謝の気持ちとして、あの森の中の屋敷を渡す。森の屋敷にだれを住ませようと、それはブレナン先生の自由だよ」


 ブレナンは顔を上げる。


「それは、つまり……」


「ブレナン先生が何を考えるかは、私は知らないよ。もう私はブレナン先生から何かを教えてもらうこともないし、ブレナン先生に私を助けてもらうこともないよ。ブレナン先生は私のことを気にせず、好きにしたらいいよ」


「レミー」


 ブレナンは立ち上がり、レミーの手を握る。


「ディアナ様を、頼んだ」


「わかった。ブレナン先生」


 レミーも、強くブレナンの手を握り返す。


「許してくれるの、ディアナ?」


 男二人の時間に、ナオミが水を差す。


「はあ?」


「そうでしょ、そうだって言って! そんな怖い顔をしないでよ! 私はあなたのママなのよ!」


「許すわけないじゃん」


 すがりつくようにディアナに近寄ってきたナオミから、ディアナは一歩あとずさる。


「私がさっき話したのは、私を育てくれたブレナン先生への退職金の話だよ。流罪人を囲おうが何しようが自由だよ、その代わりもう連絡は取らないよ、ってだけだよ?」


「囲う、ですって?」


 その言葉に、ナオミの顔色がすさまじいものになる。


「王妃の私を? なんてことを言うの! この恩知らず! 生んでやったのに!」


 その言葉に、ディアナの中で、何かが、切れた。


「二回も自分を殺そうとしてくる人間に恩なんて感じないわよ! ナオミが欲しかったのはレーンだけじゃない!」


「殺してやる!」


 怒りに任せてナオミはディアナにとびかかる。


「させるか!」


 サイファーが二人の間に割り込み、ナオミを突き飛ばす。

 ナオミは吹き飛ばされ、テーブルにぶつかる。

 重たい音がして燭台が吹き飛び、窓をふさいでいた板にろうそくが当たる。

 乾燥し、ささくれた板の表面を炎がなめる。

 板の一部に薄い部分があったらしく、空気穴が開く。

 勢いを増した炎は、部屋の中と外に引火し始める。

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