15.セリカがオーランドから逃げた理由を言う話

 教会が言っている聖伝が大嘘だったと聞いただけでも、頭がいっぱいいっぱいなのに、教会に女の子が入り込んでいたとか、セリカはさらに何を言い出すの?!

 ディアナはもう何が嘘で、何が本当なのかわからなくなっていた。


「信じられない?」


「うん。でも、セリカは私の役に立たない嘘は言わないから、信じるよ」


「ありがとう」


「質問なんだけど、教会に女が入り込んで、その上神父をだましたとなったら、縛り首でしょ? その子はどうなったの?」


 セリカは悔しそうにうつむく。


「教会を逃げ出したわ。教会からの追っ手がオーランドのところにきて、彼が逃げだした、行方を知らないか、って言われたの。オーランド様のそば仕えになってたニール君は、ハーヴィーが理由なく逃げるような子じゃない、って知ってたから、教会には内緒で私たちは、ハーヴィーを探したの。この時、私たちは誰も、ハーヴィーが女の子だなんて、思いもしなかった」


 セリカはスカートを強く握る。


「……私たちが彼女を見つけたとき、彼女は妊娠していた。それで女の子だって、わかった」


 セリカの表情は悲しげだが、ディアナにはその少女が自業自得だとしか思えなかった。

 だって。そうなるのは常識だもん。


「えっ? 教会に入り込んだうえ、恋愛まで? 神父って結婚したらダメなのに? 忍び込んだうえ神父と恋愛関係になるなんて、最悪じゃん!」


「虫取りをして自分らしく生きてきたディアナさえ、そう思うのね……なかなか根深いわ」


 セリカが大きなため息をつく。


「恋愛じゃなくて、暴行だったの。しかも、日常的な。教会をだましていたことをばらされたくなれば、って。ハーヴィーだけが悪いわけじゃないの。ミルキーと最初にあったとき、妹がいるかきいたわよね?」


「うん。意味わかんなかったけど、いるってミルキーが答えたから、セリカすごいな、って思った」


「ハーヴィーによく似てたの。ミルキーが」


「えっ……」


「ハーヴィーは、ミルキーの妹よ。実家の借金で身売りするしかなくなったミルキーの。よく似てるから間違いないわ。身売り商人から逃げたすばしっこい妹がいた、ってミルキー、言ってたじゃない」


「うん」


「ミルキーが、好き好んでお金をもらって、仲が良くない男の人に体を許すと思う? 他の女の子も」


 アルスの宮殿で、貴族に囲まれ、やっとまともな仕事につけると思ったのに、と絶望していたメリッサのことがすぐに思い浮かぶ。

 やりたいかやりたくないか、といわれたら、ディアナだってやりたくない。


「ううん。そうしないと生きていけないから、いやいやだと思う。普通の女の子は、結婚した男の人としかそういうことしないし……ヒルダだけは、趣味次第だと思うけど、それは特別なことだとおもう」


「でしょう? ハーヴィーだって、そうしないと生きていけないから、男装して教会に逃げ込んだ。それは、縛り首になってもおかしくない罪だった。でも、彼女は臨月で、出産で死んだ。父親は、おそらく神父の誰か。これって、彼女に対する罰かしら?」


「違う、と思う」


 人をだましてはいけません。

 いくらそうしないとハーヴィーが生きていけなかったとはいえ、ルールを破ったことに対して、彼女をかばう気はディアナにはない。


「それに、ディアナ、あなただって、お母さんに無理やりそうされたとはいえ、弟のふりをして、周りの人をだましながら生きているのよ。ハーヴィーが身売りをしたくなかったから周りの人をだましたこと、悪く言える?」


「それは……」


 何も言えなかった。今度はディアナがうつむく番だった。

 自分も皇太子【レーン】だと名乗っているから、絹も作れるし、みんな協力してくれる。

 何度も自分はディアナだと叫びたくなったけど、レーンのふりをし続けたのは、今ここで嘘をついていると言ってしまったら、生きていけないからだ、ということを頭の中で計算して嘘を積み重ねていたのも、ほんとうのことなのだ。


「ただでさえひどい目にあっている女性を、悪く言うのは許さないわ。ディアナでも」


 低い声でセリカは告げる。びくりとディアナは震えた。


「……ごめんなさい」


「ならよし」


 セリカの声が元に戻る。


「そういう、ひどいことがあったのよ。彼女の持ち物の中に、異常に輝くロザリオがあった。だから、そのロザリオが神父が目を付けた子供のしるしだって、わかった」


「そうだったんだ」


「少年が絹を盗みに来たことを許す気はないけれど、盗んでも盗まなくても虐待されるなら、大人としてかばうべきだと思うの。ハーヴィーのことを、繰り返さないために」


「そうだね」


「ノーデンに話を戻すと、ハーヴィー関係とか悪夢とかでいろいろあって……私はオーランド様とけんかしたの。そして捨てられたの」


「悪夢じゃわからないよ」


「ディアナ、今いくつ?」


「王都にきてから二年だから……16歳」


「あと二年は話せない内容よ」


「なんで! 14歳の成人の歳はもう過ぎてるの! 私はもう、結婚してるかもしれない歳よ! それなのに、話してくれないの?」


「日本の成人年齢は20で、18歳になるまで夫婦関係のことは話しちゃいけないってルールがあるの。そんな感じの不適切なことがオーランドにはあって、だからオーランドは女嫌いで悪夢を見るの。だれにも話してないことだから、私から言いふらす必要もないし。どうしてもディアナが知りたいなら、二年後に話すわ」


 セリカはあれこれと理由をつけてディアナにオーランドの悪夢の内容をいいしぶる。

 今まで、セリカはディアナが知りたいといえば、ほぼ何でも教えてくれた。月に一回来る、うっとうしい日々のことさえも。

 でも今日は、オーランドが言いふらしていないという理由だけで悪夢のことを言おうとしない。

 オーランドとけんかして、逃げ出すほど嫌っているはずだけど、憎み切っているわけではないのかな?

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