皇太子の章
14.ノーデンで何があったのかセリカが語る話
ディアナに突然そんなことを言われ、セリカは目を泳がせた。
「全部……って旧世界のこととか、絹の作り方なら全部教えたわよ」
「実は聞こえちゃったんだよね、あの子に何を言ったのか」
ディアナの言葉に、セリカの顔色が変わる。
「……ひとの個人的な話をする趣味はないの」
教会の少年に「嘘つき」とののしられた時のような、ぴりぴりした空気をセリカは放つ。
悪夢の話を絶対にしたくないんだ。ディアナはあわてて「そうじゃなくて!」と言い直す。
「悪夢のことはどうでもいいの。セリカが私のところに来る前、ノーデンで何をしていたのか教えて欲しいだけよ。それだけは教えてくれてないよね?」
「……人が多いわ。場所を変えましょう」
セリカはスタスタと歩き出す。
「待ってよセリカ!」
ディアナは彼女を追いかける。
セリカは自分の部屋の前で止まる。
「ここで待っていて。長い話になるから、紅茶をもらってくるわね」
ティーポットとティーカップ2つを持って、セリカは戻ってきた。
ディアナと自分の分のお茶を入れ、セリカはぽつぽつと話しはじめた。
「蚕のペンダントだった時、オーランド様のところにいたんだよね」
「やっぱり? レミーが言ってた、オーランド様が探してた白い蛾のペンダントって、セリカのことだったんだ」
ディアナがそういうと、セリカはむせてお茶をこぼした。
「……そんなことしてたんだ、オーランド」
「知らなかったの?」
「だって、そのときにはディアナのところにいたし……」
気まずいのか、セリカはそっぽを向いた。
「それならしかたないけど、私と会う前の話はちゃんとしてくれる?」
ディアナがきくと、セリカはうなずいた。
「どこから話そうかしらね。日本にいた時の話からがいいかしら?」
「長くなりそうだから、セリカが蚕のペンダントになる直前くらいの話からでお願いするね」
セリカは紅茶を一口飲む。
「私は、結婚させられて、蚕の世話をしてた。その時、不死の蚕を見つけた。大発見だったから、当時一緒に研究をしていたアメリカの研究者にもそのことを話そうと思って、資料をまとめたの。それを全部、夫に取られて、抵抗したらつき飛ばされて、ヒバチ……持ち運びできる暖炉みたいなものよ。に顔を突っ込まされて、顔の右側に大火傷を負ったの」
「……ひどい」
ディアナはなんとか一言しぼりだした。
ナオミに標本箱を燃やされた時、ディアナは本当につらかった。
セリカは、自分の成果を奪われた上、大けがまで負わされたのだ。
どれほど悔しかったのか、ディアナにはわからない。
「私が傷を治すために、一番いい病院があったキチ……アメリカ人の住んでいた場所に私は連れて行かれて、そこで、夫が勝手に不死の蚕を、自分の名前で発表してたことを知った。それから、私は蚕の保管場所には何度か行ったことがあったから、蚕を奪い返したはいいけれど、兵士に囲まれちゃって。逃げられないから、蚕を飲み込んで屋上から身投げしたんだけど、なぜか身体は無傷だったのよね」
「そうだったんだ……」
絹の娘に嫉妬した、と聞いていたが、本当はどうやら夫に対する
どっちにしろ物騒だけど、それくらいセリカが怒って当然だ、とディアナには思える。
「それから、どれくらいの時間がたったのかはわからない。ずっと、ずっと暗闇の中だった。何もすることがなくで、気が狂いそうになるのを、今まで勉強したことを何度も何度も思い出して気を紛らわせてた」
「えっ……」
この話をするのはディアナが最初、とセリカはいたずらっぽく笑ってみせる。
ディアナはもうどんな顔をしていいのかわからない。
「身を投げてから、どんな風に私が扱われたのかはわからないけど、どうやら私は蚕の中に意識がうつっている、ってことにある日気がついたの。箱の中に閉じ込められて、声も上げられない。誰か助けて、って毎日思ってた」
「うん」
「そして、教会が火事になったのをきっかけに、フリーマーケットで売りに出されたの。そこで、オーランド様が私を買ったの」
「うん」
「それで、蚕のペンダントを気に入ったオーランド様は、肌身離さず私を身につけるようになった。そのうちになぜか、オーランド様の感覚が私にも伝わるようになったの。だからうなされてる時もわかって、起こしたりとかして、仲良くなった。悪夢のこと……」
セリカは言うかいうまいか、迷っているようだった。
「かっこ悪いって思ってるとか、色々話した」
「そうなんだ」
「それから、ニールとハーヴィー、って聖歌隊の少年に会ったの。ニール君は、男をやめるか、教会から放り出されるかの極限状態で、どうにかしてほしい、ってハーヴィー君が、オーランドに頼んだの。それで、オーランドはニールを自分の召使いにして、男の子のままでいても大丈夫なようにしたの。この駆け引きのとき、私はオーランドに、麦の病気の治し方を教えたの。そこから、技術顧問みたいな形で、オーランドに色々教えるようになって、ノーデンが発展し始めたの」
でも、いいことばかりじゃなかった。とセリカ。
「
「だから、娼婦を身請けして、絹を作らせようって考えたの?」
「……
セリカの表情は、後悔で染まっていた。
「セリカがやってることは、ノーデンにいろんな技術を持ってきたことも、絹作りを女の子たちとしていることも、間違ってないと思うよ」
「ありがとう」
「だってセリカ、その時できる最善のことしてるじゃん」
ディアナの褒め言葉に、セリカは目を伏せる。
「そう言ってくれて、嬉しいわ。だけどね、救えなかったものも、あるの。あのロザリオに関する話よ」
「あの、絹を盗みに来た男の子が持ってた、やけにピカピカしたロザリオ?」
「そうよ。ハーヴィーって子と会ったって言ったじゃない?」
「うん」
「彼……いえ、彼女はね、男装して教会に入り込んでいた、女の子だったの」
「教会に、女は入れないのに?!」
ディアナは驚いて、思わず立ち上がっていた。
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