28.絶対に悪夢の内容を話さないセリカの話

「私がオーランドに好かれるきっかけになったのは、悪夢なの」


「セリカから何度も聞いたよ、それは」


「私は、蚕のペンダントだった。そして、オーランドはほぼ毎夜、ひどい内容の悪夢にうなされていたこと、それを起こすのを条件で身につけてもらっていた。それだけで、オーランドは感謝してくれて、仲良くなったの」


 渋々、といった様子でセリカは話す。

 でも、情報が少なすぎる。ディアナは首をかしげる。悪夢を毎晩見るのはおかしいし、なにより。


「オーランドくらいの貴族なら、部屋で召使いに寝ずの番をさせて起こしてもらうことだってできると思うんだけど」


「召使いにも聞かれたら困る内容だったの」


「だったら腹心の部下の、乳兄弟とか……奥さんとかに起こしてもらえばいいじゃない。女嫌いだから結婚しない、なんてことせずに」


「乳兄弟は、母親によって引き離されてたし、母親が悪夢の原因なのよ。だから、母親になる女って存在が、オーランドにとっては大嫌いな存在なのよ。私は当時、女の声で話す蚕のペンダントだったから、オーランドにとっては大丈夫だっただけで」


「で、オーランド様はなんの夢見てたの?」


「それは……その……ごめん、言いたくない」


「なにそれ」


 やっと悪夢のことを口にしてくれたのだ。もう内容を話して欲しい。

 ディアナの不機嫌を感じ取ったらしく、セリカが小さく震える。


「あんまりにも、その……ひどいことすぎて……だから言いたくない」


「なんか前に、18歳になるまでは教えられないとか、なんとかかんとか言ってたよね?」


「あれだけは話せるものじゃない」


「ディアナがレーンのふりをしていることと、同じくらい致命的で、知っているだけでオーランドの命と心全てを握れるような秘密なの。私はオーランドのことが大嫌い。でもね」


「でも?」


「殺す気はないの。オーランドが私が見る必要のない場所で、幸せに生きていようと、不幸を嘆いていようと、興味がないの」


 やっぱり、セリカはオーランドが大嫌いだと思ったけど、ひょっとしてまだなにか思いやるだけの情があるのかもしれない。

 ディアナはそう思ったけれど、セリカの瞳が今にも泣きだしそうなぐらい揺れていて、口を閉じるしかなかった。


「それよりディアナ、フォーサイスさんにはきちんとお礼言いなさいよ。彼の機転のおかげで、あなたは助かったんだから」


「はぁーい」


 そうやって、セリカ抜きでレミーとディアナは、オーランドの投宿場所、ル-シの屋敷へと行くことになった。


「セリカ様は?」


 ルーシの歓迎のあいさつもそこそこに、オーランドはディアナにたずねてきた。


「それ、は」


「皇太子殿下、わたくしが代わりに答えます」


「……いいよ」


 オーランドと顔を合わせたくないから、といいそうになったディアナをレミーが制す。


「勇気ある方ではありますが、セリカ様は女性です。皇太子殿下を守るための事とはいえ、流血の惨事に深くセリカ様は傷つかれ、あの日以来体調がすぐれず、今日も寝込んでおいでです。無理はさせられないため、今日は男のみの話し合いとなりますこと、ご了承ください」


 いい笑顔でレミーは頭を下げる。皇太子の正体をばらすならここにいる全員の息の根を止める、とその表情が物語っていた。


「でしたら、戦友同士、積もる話もあると思うので、離れへどうぞ。私は妻の部屋で、妻と一緒に子供の面倒を見るので、何かあれば、離れの入り口に控えているものにお申し付けください。皆様だけのお時間を、ごゆっくり」


 ルーシに離れの会談場所まで一行は案内され、それぞれ席に着く。

 レミーはボディーガードとして、ディアナの真後ろにぴったり控えている。

 彼の気迫に「あの……」とオーランドが自信なさげに口を開く。


「レーン……いや、皇太子殿下、人払いをお願いしたいのですが」


「彼も関係者だ。気にするな。有能さと口の堅さは私が保証する」


「わかりました。でしたら、私の母親が、ノーデンで母親だと聞かされて育った女性ではなく、実はナオミ王妃だったことからお話ししましょう」


 ナオミから聞いたことすべてと、自分は王位なんて望んでいないことをオーランドは語る。


「自分にはノーデンで精一杯です。仮にあなたに何かあれば、代わりとして立つこともあるかもしれませんが、私よりあなたのほうがずっと優秀でしょう。なにもない限り名乗り出る気はありません。王妃にもそうはっきりと言いました」


「こないだ思いっきりなにかあったけど、その時は名乗り出るつもりだったのか?」


「レミー、一応敬語使ってよ……」


 ディアナがたしなめる一方、「いや、かまわない」とオーランド。


「……あまり考えたくないが、そうせざるを得なかったかもしれない。国王陛下は女性好きな割に3人しか子をなさなかった。だが本当に私は王子に害意はない、カーラ……いや、セリカが、その……」


「なんでここでセリカが?」


「あなたになにかあると、彼女が悲しみます。彼女にはノーデンにもどってきてほしいですが、悲しまれるのはもっと嫌だ」


 あれ、セリカとオーランドってけっこうお互いを思いやってない?

 ディアナがそう思っていると、自分の後ろから頭をかきむしる音と「あーあーうー」といって風なうめき声が聞こえてきた。


「どうしたのレミー? 気分悪くなった? からだ、大丈夫?」


「体は大丈夫だけど気分はめちゃくちゃ悪い。俺が予想してたより、事態は最悪だ、うあーあ」


「レミー、本当に大丈夫?」


「あー、まさか、オーランド様、あんたがそんなにも乗り気じゃないから、こないだみたいなことが起きたのか?ひょっとして……」


 頭を抱え、レミーは背もたれに肘をつく。


「どういうこと?」


 ディアナが尋ねると、レミーは「ナオミ様、俺が思っていた以上に歪んでる」と吐き捨てた。


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