51.オーランドとカーラが結婚する話

「私、あなたから、ノーデンのすべてを詫びとしてもらってもいいんじゃないのかしら。精神的苦痛を受けた慰謝料いしゃりょうとしても、って王都で言ったじゃない?」


 オーランドは胸がいっぱいになって、セリカにうなずくことしかできない。

 真っ白な絹のドレスを身にまとい、ヴェールをかぶったセリカは、右目を隠す白い眼帯の痛々しさをさしひいても、この上なく美しかった。


「あれ、ただの脅しだったんだけど、まさか本当になるとはね」


 控室の〈神の目〉——旧世界のレーザー砲が立ち並ぶ海岸を眺めながら、セリカは幸せそうに笑う。

 過去の爆撃で燃え落ちた教会は、きれいに再建されていた。

 結婚式の準備を整えているうちに、気づけば二人が出会ったのと同じ季節が来ていた。

 今は、結婚式に向けての最終調整のため、修道院の控室に二人はいる。

 コン、コン、コンとドアがノックされ「じょうお……いえ、ら、来客の方です!」とニールの裏返った声が聞こえてきた。


「どうぞ」


 オーランドの許可とともに、ドアが開く。

 部屋に女性がひとり入ってきた。

 桑の葉のような緑色のドレスと金髪のポニーテールをひるがえし、大きく開いた胸元には、心臓の真上あたりに、蚕のいれずみ。


「セリカ、美人になったんじゃない?」


「女王陛下?!」


 とっさに膝をつこうとしたオーランドに「許す、ここは無礼講で行こう」とディアナは笑いかける。


「じゃあ、ディアナ、忙しいはずなのに、なんでわざわざ私たちの結婚式に来てくれたの?」


「永遠の愛を神父に誓う気分には、二人ともなれないでしょ?」


「まあ……それは、な」


 教会の児童虐待について知っているオーランドとセリカは深くうなずく。


「それに、神父役を私がすることによって、私が直々に【絹の娘に嫉妬した女】を見張っている、ってアピールした方が政治的にもいいんじゃないかな、って思って」


 絹の娘に嫉妬して、食べた女。

 それが、今のセリカの立場だ。

 本当は絹の娘の世話役で、強欲な夫から絹の娘を守ろうとしたゆえの行動だった、という物語をディアナは流しているが、何世代にもわたって刷り込まれた物語はなかなか消えない。

 その結果、世の中では絹の娘に嫉妬しっとして、絹と不死を独り占めしようとした結果、天国にも地獄にも行けなくなったセリカをディアナが天使の子孫の力で改心させ、その上肉体も与えるという奇跡を起こした、という、まるで聖書の一部のような物語が信じられている。

 この物語によって、ディアナは女でも奇跡を起こせるから王位継承権を持つことだけにあぐらをかいていた男たちよりも王にふさわしい、と保守派の信心深い貴族たちが革新的なディアナを支持し始めたのだから、誤解も役に立つ、とディアナは暗黒微笑を浮かべる。


「したたかになったわね、ディアナ女王」


「奇跡はもう一つあってね、私、背が伸びてないの」


「え?」


 目を丸くするセリカ。「不老不死かどうかは検証する予定はないけど、私、年を取らないみたい」と、何でもないことのようにディアナは言い放つ。


「治療で不死の蚕を胸の傷にすりこんだとき、不死の蚕の力が私の体にも働くようになって、不老の効果が出てるんじゃないのか、ってフォーサイスさんは言ってた」


 だから、生涯現役でこの国を全部変えてやるわ、とディアナは意気込む。


「だから、絶対幸せになるのよ、ふたりとも」


 ついに、結婚式は始まり、誓いの言葉を述べるときが来た。

 控室でみせた、くだけた身内向けの表情は鳴りを潜め、ディアナは厳格な女王の顔で新郎新婦と向き合う。

 領主としての最高の礼装に身を包んだオーランドと、純白のドレスにヴェール、ブーケを持ったセリカが、緊張した面持ちでディアナを見つめ返す。


「新郎オーランド」


「はい」


「あなたは新婦セリカを妻とし、嬉しいときはともに喜び 悲しいときは寄り添い、生涯セリカを愛することを誓いますか」


「はい」


 二度と彼女を捨てたりなど、しない。

 力強いオーランドの返答に、ディアナは満足そうに目を細める。


「新婦セリカ」


「はい」


「あなたは新郎オーランドを夫とし、病めるときも健やかなるときも オーランドを支え愛することを誓いますか」


「はい!」


 セリカが答えた瞬間、教会が湧きたった。

「あたしらを指導してくださったセリカさんに最高の良縁だよ!」「女嫌いの領主様についに運命の相手が!」「女王陛下に栄光あれ!」「……おめでとう」「これでノーデンは安泰だ!」「二人とも幸せになってー!」などなど、心から二人を祝福するもの、ノーデンのことを考えたもの、様々な祝いの言葉で教会がいっぱいになった。

 祭りの空気のまま、二人は教会の外に出る。

 花が降り注ぐ道を二人が進んでいると、喜んだ誰かがかき鳴らし始めた、明るい調子の音楽に気づいて、オーランドはセリカに手を差し伸べる。


「踊ろうか、セリカ!」


「ええ、喜んで!」

 

 セリカはブーケを投げ上げ、オーランドの手を取る。

 ふたり、気ままなリズムでステップを取る、子供みたいな踊り。

 だが、オーランドとセリカにとっては、今まであがき続け、やっとつかみ取った希望なのだ。

 二人の上で、白いブーケが青い空に吸い込まれるようにふわりと浮き、純白のリボンがきらりと光を反射した。

(「彼女は正に絹の娘」了)

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かくして、絹の女王は即位した 相葉ミト @aonekoumiha

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