第41話

「やはり、あなたは危険です」


 クレアの身体から殺気が吹き出す。

 その指先がわずかに曲がり――


「待って、クレア! ダメよ!」

「しかし――」

「……わたくしには、ティエナさんを殺せない」

「やるなら今です、お嬢様。ダンジョンの中、しかもこのような未知の場所にいる今なら、彼女を殺してもその事実が余人に漏れることはありません」

「そういう問題じゃないわ」


 アンネローズがクレアを制止しようとしている中で、ティエナは弾かれたように立ち上がり、杖を構えて距離を取っている。

 クレアも立ち上がり、アンネローズは二人のあいだに立って、クレアのほうを向く。


「では、なぜ……」

「彼女への同情を抜きにしても、理由はあるわ。彼女しか知らないことがあまりにも多すぎる。ティエナさんを殺してしまったらもう二度と知りえない情報ばかりよ」

「その情報が事実とは限りません。ただお嬢様を惑わそうとしているだけなのでは?」

「本気で言ってるの?」

「……可能性として否定できないと申し上げているのです」

「もし、クレアが言ったように、『強制力』によってわたくしが悪役令嬢にされてしまうんだとしたら……その場合こそ、事情を知るティエナさんの協力を得ることが必要だわ」

「それは……」

「クレア、あなたが今覚えている反発もまた、強制力なのかもしれないわよ? それが本当に合理的なものか、もう一度考えてみてちょうだい。これは命令よ」

「はい、お嬢様……」


 アンネローズの言葉に、クレアは目をつむり、命令通りに「考える」。


「……お嬢様のお言葉のほうに理があるように思います。わたしの懸念も完全には拭えませんが、思考が感情的な反発に大きく影響されていたことは否めません」

「本心からそう思う?」

「はい。もし考え直しても危険と判断しておりましたら、お嬢様のお言葉を無視してでも襲いかかっておりました」

「ありがとう。あなたがそう言ってくれるから、わたくしは自分の考えに自信を持つことができるの」

「恐縮です。こちらこそ、考え直す機会を与えてくださったことを感謝いたします」

「はあ……あんたら、おっかない主従関係してるのねえ」


 離れたところから、ティエナが呆れ混じりに言ってくる。


「やっぱり、アンネローズさん。あなたは変わってる」

「なぜですか?」

「世界の強制力が、あなたにはほとんど効いてないように思える。死操しそうのほうも、あなたに諭されただけで強制力の影響から意識的に抜けられるみたいだし」

「……そうかもしれませんね」

「まあ、なぜそうなのかは、例の互いの秘密に関することなんでしょうけどね。あなたに強制力が働かないのだとしたら、あなたが悪役令嬢に仕立て上げられるリスクもさほどではないのかしら」

「すくなくとも、進んでそうなりたいとは思いませんね。さっきも申し上げたように、殿下との婚約の話はお断りさせていただきましたし」

「他の攻略対象との婚約の話は出てないの?」

「今のところありませんね。もっとも、殿下とわたくしが婚約しないということが明白になれば、申し出はいただくことになるでしょうけれど」

「その中に気になる人はいる?」

「いえ。どの方もちょっと……」

「あれだけタイプの違うイケメンが揃ってるのに? 乙女ゲームの攻略対象の五人なのよ? 容姿だけじゃなくて性格もいいし、当然祝力ギフトだって優遇されてる」

「まだ決まってはおりませんが、わたくしは公爵家を継いで婿を取るかもしれません」

「なんでよ。あんたなら相手なんて選び放題でしょ?」

「それを言うなら、あなたこそそうではありませんか。主人公ヒロインなのでしょう?」

「……わたしには、彼以外の人は考えられない」

「羨ましいです」


 反射的に言って、失言だったかと後悔する。


「羨ましいですって?」

「ティエナさんの境遇は痛ましく思いますけれど、それでもなおその人を想い続けるティエナさんが、わたくしにはまぶしく思えるのです」

「わたしは、そのために何の罪もないこの世界の男たちを利用しようとしてる女よ?」

「わたくしだって、御しやすい都合のいい婿を迎えたい、などと考えるような女ですわ」

「それは……どうなのかしら。常識的に言って、運命の相手――その人じゃなければならない相手なんているはずがないと思うわ。多かれ少なかれ、偶然出会った相手を運命の相手だと思い込む。そんなものだとも思うのよ」

「ですが、あなたにとって彼は、運命の人なのではないですか?」

「彼に出会う前なら、喜んでいたんでしょうね。選り取り見取りで好みの男を選べるぞって。でも、出会ってしまったら、後からの変更はきかないの。この気持ちを曲げてしまったら、わたしは自分のことが許せない」


 ティエナはきっぱりとそう言った。


「尊敬すべき人です、あなたは」

「やめてよ。狂ってるだけだわ。ああ、もう。なんであんな話までしてしまったんだか……」

「飲みすぎるからですよ」

「かもね」


 くすっとティエナが笑う。


「さて。それで、どうするの? わたしはまだここで稼がなくちゃならないんだけど」

「素朴な疑問なのですが、賭場というのは胴元以外は儲からないようになっているのではないですか?」

「普通の賭場ならそうでしょうね。でも、これはゲームのボーナスステージだから。時間をかければ着々と儲かるバランスにはなってるの」

「……そのわりには、最初に見たときは荒れていらっしゃいましたが」

「う、うるさいわね! スロットなんてリアルでやったことないのよ!」


 少し顔を赤くしてティエナが言う。


「急ぐ用事もなくなりましたし、わたくしも少し遊んでみようかしら?」

「お嬢様、よろしいのですか?」

「損はしないようですから。多少すったところで、お財布に痛くない範囲であればよしとしましょう」

「ちなみに、景品はプレゼントアイテムに限らないわよ。普通にダンジョン探索に使える装備やアイテムなんかもけっこうあるわ。ほら、あそこに換金所の看板が出てるでしょ」


 ティエナの指を追って、アンネローズとクレアは換金所の看板を見た。

 目を見開いたのはクレアである。


「なっ、こ、こんなものが手に入るのですか!?」

「言ったでしょ、ボーナスステージって」

「クレアが驚くような景品があるなら、なおさらやってみたいわね」

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