第50話
自分を囲んでひざまずく死神たちを前に、アンネローズがいいしれぬ悪寒に襲われていると、
「アンネローズさん!」
「ティエナさん」
通りからティエナが駆け寄ってきた。
「うわ、話には聞いてたけどとんでもないことになってるわね」
ひざまずく死神を不気味そうに見ながらティエナが言う。
「ティエナさんには、何が起きているのかわかるのですか?」
「うん、まあ、推測だけど……」
ティエナがためらいがちに言った。
「構いません。教えてください」
「たぶんだけど、テイムに成功したんじゃないかな」
「テイム……?」
「ああ、ラブラビじゃテイムとは言わないか。えっと、従魔術ってわかる?」
「……まさか、
「あ、そういう扱いなんだ。従魔術っていうのは、魔法ではないよ。
「ティエナ様。動物はともかく、
「ひょっとすると、主人公限定だったのかもしれない。主人公――えっと、『ティエナ』が敵を倒すと、倒された敵がむくりと起き上がり、仲間になりたそうに……って、この表現はまずいわね。とにかく、倒した敵がこっちの力を認めて仲間になる的なシステムがあるの。コンゴトモヨロシク……これもまずいか」
たまに、ティエナはアンネローズたちにはわからないことを言う。
「システムというのは、ゲームとしての、ということでしょうか?」
「さあ、どういうふうに現実に『実装』されているか次第なんでしょうけど」
「しかしそれなら、ティエナさんに従うのでは? ティエナさんが主人公なのでしょう?」
「いや、わたしが死神を倒したわけじゃないし。主人公であるわたしと一緒に戦ったから従魔術システムが働いのか。それともわたしとは関係なしにアンネローズさんもまた特別なのか。あるいは、この世界では、知られていないだけで誰にでも従魔術が使えるのか。なんとも言えないわね」
「ティエナ様。昨日アンネローズ様が倒した他の
「……たしかにそうね」
ティエナはひざまずく死神たちをちらりと見た。
「あ、そうか。テイムには条件があったんだ」
「条件?」
「ええ。『ラブラビ』の従魔術は、ただ倒すだけじゃ発動しないの。
「死にシステム……」
「だって、乙女ゲームなんだもの。攻略対象をパーティに入れたいじゃない。ガチャで手に入る汎用ユニットも、課金ユニットなんだから弱くはできないでしょ。だったら従魔術なんて実装しなきゃいいと思うんだけど……まあ、戦争パートで数を揃えるときには便利だから」
戦争パート、とは不穏な単語だが、今はそれを掘り下げている場合じゃない。
「ですが、わたくしは死神の好感度なんて上げていませんよ?」
「そうなのよね。…………って、ちょっと待って。わたし、思い出したことがあるわ」
「な、なんですか?」
「昨日、死神と戦ってるときに、アンネローズさんはこんなこと言ってなかった? 『わたくしからのプレゼントですわ!』」
「…………い、言いましたね」
ティエナは聞いていないが、他にも「これが最後よ! ありがたく受け取りなさい!」などとも言っている。
「ですが、それは戦いの中の言葉のあやというもので」
「プレゼントするという言葉とともに、プレゼントアイテムである『プラチナの宝剣』を使った……ということよね?」
「使った結果、宝剣は溶けたり折れたりしていますが」
「でも、バレンタインイベントのチョコだって、あげたあとには食べられてなくなるわ」
「……あれが『プレゼント』と見なされたというのですか?」
そんなことがあるのだろうか?
「ですが、ティエナ様。お嬢様は死神に対して毎回そのようなことを言ったわけではありません。その理屈で言うのなら、従魔術が成功するのはほんの数体なのではないですか?」
「そこまではわかんないけど、最初に『プレゼントだ』と言って、同じアイテムを同じ種類の敵に使ったんだから、全部プレゼントだと見なされた可能性は十分あるわ」
「そ、そういえば、思い当たることがあります。昨日の戦いで、わたくしが
そう、ちょうど今、アンネローズに向かってひざまずいているような姿勢で。
「そこでテイムが成功してたってわけね。で、仲間になった死神たちは、アンネローズの仲間という判定になってるから、ダンジョンからも出てこられたってことかしら」
「そうするとダンジョンから出られないはずの死神が外に出てお嬢様のもとにやってきた理由も説明できますね」
と、うなずくクレア。
「にしても、死神ってテイムできたんだ……。普通、テイムしようとは思わないもんね。いや、そうでもないかな。やりこみ勢ならテイムを試してそうなもんだけど、そういう話は聞かなかったような……。これも『実装』の問題なのかしら。興味深いわね」
「そ、それはともかく! この死神たちはどうすればいいんです!?」
なにやらシステム的な考察に深入りしそうなティエナに、アンネローズが聞いた。
「仲間になっちゃったものはしょうがないんじゃない? 仲間にしないって選択はできたっけ……。確認ダイアログが出たりしたかなぁ……」
ティエナが首をひねる。
「ううん、たぶんなかったと思うわ。ということは、自動で仲間になるということね。仲間になってから除名するってことはできたかもしれないけど」
「除名するとどうなるのです?」
「悲しげなセリフとともに野生に還っていくわよ」
「十三体の死神が野生に、ですか?」
「ゲーム的には再度遭遇することはなかったけど、現実ではどうなるかわからないわね。ダンジョンに戻るならまだしも、本当に野に放たれてしまったら……」
「……大変なことになりますね」
アンネローズはため息をついた。
「つまり、受け入れるしかない、と」
「アンネローズさんが責任を感じる必要はないと思うけどね」
「ですが……こうして恭順の意を示している者たちを無下にはできません。いったん仲間にしてから『除名』するなど、なおのことできません」
「まあ、人情としてはそうね。ゲーム的には……」
「いえ、これは現実ですよ、ティエナさん。死神がどういった存在なのかはわかりませんが、恭順を示しているものを切り捨てるなど、マルベルト公爵家の人間として恥ずべき行いです」
「さすがはお嬢様です。死闘を繰り広げた相手をも受け入れるその度量、このクレア、心より感服いたしました」
「…………あんたたちがいいって言うならいいけども。現実的な問題もあるんじゃない? ほら、こんな外見の幽霊みたいな連中を……ええと、十三体も従えてるとか。魔王かあんたは、みたいな感じじゃない」
「そうですね……。人目につかないようにしようにもちょっと目立ちすぎますね」
そんなアンネローズの言葉がわかったのか、死神の一人が立ち上がる(正確には「浮かび上がる」)。
『アんネ、アンネ』
「ですから、人の名前を間投詞のように使わないでくださいます? それで、なんでしょうか?」
死神は、「見てろ」というニュアンスで『アんネロ』と言う。
その死神の身体が、空気に滲むように透けていく。
透明になる、というよりは、周囲に馴染んで目立たなくなる、という感じか。
それを見て、クレアが目を見開いた。
「これは……気配を希薄にしているのですか?」
「そうなの? たしかに、そこにいるという感じが薄まるわね。注意していないと目の焦点が合わないような」
「はい。いえ、それだけではありませんね。見るものの精神に干渉し、自分のことが意識に上らないようにしているようです」
「なるほどね。ダンジョンでも普段はこうして姿を隠しているのかも」
と、ティエナ。
『アンネ、アンネろ』
「『こうして姿を消してついていけば大丈夫だろう』といったところですか」
なんとなく伝わってくるニュアンスを、アンネローズはそう言語化した。
「アンネローズさん、よくわかるわね」
「わかりませんか? なんとなく伝わってくると思うのですが」
「たぶん、アンネローズさんがその十三体のご主人さまだからでしょうね」
「なんと呼べばよいのでしょうか? 死神1から13ではおかわいそうですが」
『アんネ』
「……好きなように呼んでくれればよい、と。十三体分となると名前を考えるのも大変ですね」
「できれば十三体で一セットにしたいわね」
「十三、ですか。クレア、ティエナさん、何かいい案はありますか?」
「わたしはそうしたものはちょっと……」
「十三体なら……そうね。十三使徒、十三星座、十三衆、十三傑……使徒はまずいかしらね。いろんな有名作品とのかぶりが……この世界で怒られることはないでしょうけど。作品を愛するものとしては気になるわ」
アンネローズたちにはわからないこだわりを見せるティエナにクレアが聞く。
「十三星座というのは? 黄道十二宮では十二だと思いますが」
「詳しいことは忘れたけど、蛇遣い座を入れるんじゃなかったかしら? えっと、オフィ……オフィウクス?」
「十三ならちょうどいいですね。統一感も出せますし」
この世界では各月の名前がティエナのもとの世界の星座の名前となっている。
十二星座+1というのはアンネローズたちにとっても覚えやすい。
「それでどうかしら?」
『アんネ、アンネロぉズ!』
「『それ、いい!』といった感触ね」
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