第51話
とりあえず、十三体の死神――ティエナの発案で「
アンネローズが「姿を消していただける?」と頼むと、例によって『アんネ』とうなずいて、死神たちは姿を周囲ににじませた。
アンネローズからはうっすら姿が見えているが、クレアやティエナからは見えないらしい。
「わたしから完全に気配を遮断するとは……やはりおそろしい存在ですね」
と、気配を捉えられなくなったクレアが悔しげにつぶやいた。
「さて、問題は解決したけど……早く立ち去ったほうがよさそうよね」
死神が街中に出たせいで、サイローグはかなりの騒ぎになっているようだ。
この場所にとどまれば、死神との関係を問われるだろう。
「宿賃は前払いだったわね。ちょうどいいから今のうちに宿を引き払いましょう」
「そうですね。すぐに支度いたします」
「それなら、わたしのいる宿に来る? あんたとはいろいろ話をしといたほうがいいと思うのよ」
「喜んで。わたくしもティエナさんに話すことがあります」
「あら、話してくれるの?」
「とても信じられないような話だと思いますが……」
「そんなの、わたしにとっては今さらよ」
少ない荷物をまとめ、アンネローズとクレアは、ティエナの先導で街をいく。
「やっぱ、かなりの騒ぎになってるみたいね」
ティエナがつぶやいた通り、街角では人々が熱心に噂話をしているようだ。
中には家財道具らしきものを担いで逃げ出そうとしている人も……。
「もう危険はないと伝えたいところですが……」
なぜそう言えるのか? と聞き返されば、答えに窮することになる。
「わたしから、ギルドのほうに真偽不明の情報ということで流しておきます。サイクスならうまく対処してくれるでしょう。あとで愚痴を言われそうですが」
「そうね。そのくらいはしておかないと気の毒だわ」
「死神に街が滅ぼされる!なんてパニックになりそうだわ。わたしもギルドには言っておく」
「そういえば、行方不明だった件は大丈夫だったのですか?」
「心配かけるなって怒られたけどね。わたしの捜索をしてた人たちは、死神が出る前に引き上げてたみたいで、巻き添えを食うこともなかったらしいわ」
「その問題がありましたね。あの時間帯にダンジョンにいた人に犠牲が出ていないといいのですが……」
「それはたぶん大丈夫」
「なぜです?」
「ダンジョンが入るたびに構造が変わるのは知ってるでしょ」
「はい」
「説明してわかってもらえるかわかんないけど、それだとおかしいのよね。わたしが三日間潜ってるあいだに何回かダンジョンに入り直した探索者は、毎回同じ構造のダンジョンに入るのか、それとも毎回変わるのかっていう……」
「ああ、その話ですか。わたくしも疑問に思っていました」
「へえ、そうなの。この話、誰に話してもわかってもらえなくてさ。理詰めで『おかしいわよね?』って聞くと、『たしかにおかしいが、気にするほどのことか?』みたいな反応しか返ってこないのよ」
「……わたしも、お嬢様の話を聞いて、そのように思いました。今でも気にするほどのことではないという感覚がございます。理屈としておかしいことはわかるのですが……」
「クレアさんでもそうなのか。だとすると、いよいよ悪役れ……アンネローズさんはなんなのかって話になってくるわねえ」
「その話はのちほど。それで、死神に他の探索者が襲われたのではないかという件ですが」
「ああ、その答えは簡単よ。みんな、入ってるダンジョンが違うってだけ。インスタンスダンジョンっていうんだけどね」
「インスタ……?」
「オブジェクトとインスタンス……じゃ通じないわよね。要するに、ダンジョンには、ダンジョンの構成要件を定義した
「ダンジョンがいくつもあるというのですか?」
「そうよ。完全に探索者ごとに作ってるわけじゃなくて、矛盾の起きない範囲で複数の探索者グループを同じインスタンスに入れたりもするの。そうすることで、『自分たち以外にも同時に探索してる人たちがいますよ』というアピールをしてるのね」
「……そんなアピールをすることにどんな意味が?」
「ダンジョンが一つだと見せかけるための偽装でしょうね。複数の似通ったダンジョンが同じ場所に同時に存在してるっていうのは、物理的には矛盾なわけ。その矛盾を感じさせないためにそういう演出になってる……んじゃないかと」
「では、わたくしたちとティエナさんが同じインスタンス?に入っていたのは偶然ですか?」
「それは……どうかな。わたしたちが出会ったのはカジノじゃない。カジノは、たぶん共通の空間なのよ。そのカジノから一緒に出たことで、同じインスタンスに戻ることになったのかも」
「でも、わたくしたちとティエナさんはそれぞれにマッピングをしているはずですよね? カジノに入る以前とカジノから出た以降のダンジョンの構造がちがっていれば気づくはずではありませんか?」
「んじゃ聞くけど、その地図は持ってる?」
「クレア、昨日の地図を……」
「も、申し訳ありません、お嬢様。地図はダンジョンを出る前に廃棄してしまいました」
クレアが、顔色を青くした。
「は、廃棄? なぜそんなことを?」
「アンネローズさん、クレアさんを責めちゃダメだよ。探索者はみんな、ダンジョンを出るときに強迫観念に襲われるの。『この地図はもういらないな、捨てよう』っていうね」
「……そのとおりです。このような話になるとわかっていれば残しておいたのですが」
「いや、その理由だっておかしいんだよ、クレアさん。だって、出たダンジョンの地図がそのまま使えないからって、地図に価値がないわけじゃないじゃない? 複数の地図からダンジョンの構造変化の傾向を推測するようなこともできるはず。貴重な情報源のはずなのよ」
「なっ……、そ、そのような発想があるのですか!」
「むしろ、これまで誰もやってないっぽいのが驚きよね」
「ですが……やはり、ダンジョンは毎回変化するものですから、そうした推測が有効かどうかは疑わし……いえ、そんなことはありませんね。うまくいかない可能性もあるにせよ、やってみるだけの価値があるはずです。それが合理的なものの見方のはず、なのですが……ああ、なぜこうも納得がいかないのでしょう?」
クレアが頭を抱えてうなりだす。
「ティエナさん、あまりクレアを悩ませないでくださる?」
「ごめん。アンネローズさんが強制力の影響を脱しているのなら、クレアさんも……と思ってね」
「強制力も万能というわけではなさそうですからね」
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