第48話
アンネローズは、クレアにすべてを話すことにした。
「前回」起きたことと、時間遡行について。
「前回」において、クライス王子と婚約していたアンネローズは、貴族学院の卒業記念パーティで突然の「断罪」を受ける。
その流れのまま、ティエナとクライスら攻略対象と交戦。
そして、騎士の矢を胸に受けて死亡する――
宿の窓の外からは、朝のざわめきが聴こえてくる。
サイローグの住人たちが起き出す時間になったのだ。
遠く、怒号か悲鳴のようなものが混ざっているような気がしたが、この街では珍しいことではないのだろう。
アンネローズは、長い話を語り終えた。
「わたくしが次に気づいたとき、わたくしはベッドの上で、クレアがすぐそばにいたわ」
「……そういえば、お嬢様が寝起きに取り乱して日時を確認されたことがございましたね。その日を期に、お嬢様の言動が変わったように思います」
「そう。起きたら、その日は997年
「混乱なさるのももっともですね……」
クレアが納得したようにうなずいた。
「クレア……信じてくれるの?」
「当然です。お嬢様が事実だとおっしゃっているのですから」
「ありがとう」
信じてもらえるとは、思っていた。
だが、実際にそう断言してもらえると、目頭がつい熱くなる。
そんなアンネローズに、クレアが唇を尖らせた。
「ですが、不満もございます」
「不満?」
「ええ。どうしてすぐに話していただけなかったのか、ということです」
「ああ……」
「ティエナ様にお話になる前に話してくださったご配慮は大変ありがたく、光栄です。しかし、このように切羽詰まるまでお話しいただけなかったのは残念です」
「ごめんなさい、クレア。貴方を信じていないわけではなかったのだけれど。わたくし自身、この事態をどう受け止めたらいいのかわからなかったのよ。だいたい、こんな話を、いったいどこからどうやって切り出したものか……」
「それは……そうですね。今であれば、ティエナ様のお話のあとでもあり、比較的抵抗なく受け止められますが……」
「そうよね。あれに比べれば、むしろわかりやすくすら思えるわ」
「まったくです」
くすりと、アンネローズとクレアが笑い合う。
「それにしても、『前回』のお話は酷いですね……。お嬢様が王子殿下との婚約を断られたのももっともです。卒業記念パーティで『断罪』? それも、法も手続きも無視して、裁判なしに処刑すると言って斬りかかってきた? ありえなさすぎていっそ笑えてくるくらいです」
「ほんとよね。時間遡行うんぬんよりそっちのほうが信じられないような気もするわ」
「お嬢様のお話でなければ、アルバ王国の王子ともあろうお方がそんな無法をなさるはずがない、と思っているところです。まさか、殿下がそこまで愚かだったとは……」
クレアは顔をしかめ、吐き捨てるようにそう言った。
「それについては、今は別の解釈もあると思っているの」
「別の解釈、ですか?」
「ええ。そこで絡んでくるのが、ティエナさんの話じゃないかと思うのよ」
「っ! プレゼントアイテムで好感度を上げる、という?」
「それもあるけれど、それ以上に重要なのは『強制力』よ。『ラブラビ』のシナリオ通りに現実を捻じ曲げるような力が、この世界に働いているのだとしたら……?」
「なるほど……! お嬢様を悪役に仕立て上げ、それを成敗することで、物語に結末をつけるということですか!」
「そういうことね。あくまでも仮説だけれど」
「では、その仮説をティエナ様にぶつけて反応を見る、というおつもりなのですか?」
「それだけじゃないわ。この仮説が正しかった場合、ひとつ、どうしても確かめなくてはならない疑問が浮かんでくるの」
「確かめなければならない疑問……ティエナ様に、ということですよね?」
クレアはしばし、顎に指を添えて考え込む。
アンネローズはあえて、自分の答えを言わなかった。
クレアが自分と同じ答えに至るかどうかを知りたかったのだ。
宿の外のざわめきが少しうるさくなったわね、と関係のないことを思いながら、アンネローズはクレアの答えをじっと待つ。
「あっ、そういうことですか! お嬢様が『前回』の三年後から時間遡行してきたのなら、ティエナ様はどうなのか、ということですね!?」
と、クレアが顔を跳ね上げる。
「その通りよ。ティエナさんは異世界からの転生者だと打ち明けてくれたわ。だけれど、わたくしが彼女に最初に出会ったときに思ったのは、『彼女もまた時間を遡ったのではないか?』ということだったの。でも、彼女の言動を見ている限り、どうもそうではなさそうよね」
「異世界からの転生、乙女ゲーム……などという話までしたのですから、時間遡行のことだけ黙っているのも不自然ですね。もっとも、時間遡行していた場合、『前回』お嬢様を『断罪』していたということになりますので、お嬢様にそれを隠す動機はありますが」
「でも、もしそうなら、転生や乙女ゲームの話を打ち明けてきた理由がわからなくなるわ。将来的にわたくしと敵対するのなら、そんな重大な情報を対価もなしに漏らしたりはしないはず」
「おっしゃるとおりです。証拠を示せない以上疑う余地は残りますが、そこまで器用な嘘をつける方とは思えません」
「そうよね。だから、『今回』のティエナさんは、『前回』の彼女とは別人だという気がしているの。すくなくとも、『前回』の彼女が時間遡行していて、かつ異世界からの転生者である、という線は薄そうに思えるわ」
「『前回』の彼女と『今回』のティエナ様は、そんなにも性格が違うのですか?」
「ぜんぜん違うわね。『前回』の彼女は、攻略対象たちの心を弄ぶことを楽しんでいるようだった。『今回』の彼女も、プレゼントアイテムで好感度を稼ごうともくろんではいたけれど、心は元の世界の恋人に向けられているようだった」
「元の世界に帰るために渋々……といった感じでしたね」
「人は変わるものだから、これから貴族学院に入るまでのあいだに彼女が豹変した……いえ、これから豹変『する』という可能性もあるのだけど……。『前回』と比べて、『今回』のティエナさんは、かなり真面目に実力を高めてきているようだったわ。元の性格が怠惰な人が、真面目な努力家になることは難しいでしょう?」
「なるほど……。攻略対象の男性の力を利用しようという『前回』の彼女と、自らの力を高めようとされている『今回』のティエナ様とでは、まるで人が変わったように思えます」
「そうよね」
クレアに話すことで、アンネローズ自身も自分の考えに自信が持てた。
最終的には、「今回」のティエナという人物をどう読むか、という問題になってくる。
ともに死地を乗り切ったとはいえ、昨日出会ったばかりの相手をどこまで信じていいものか?
アンネローズの心証としては信じる側に傾いていたが、それはアンネローズ一人の印象にすぎないものだ。
だが、クレアの心証も同じなら、自分の感覚を信じてもいいだろう。
クレアは常々、アンネローズに近づくものに警戒の目を向けているのだから。
「『今回』のティエナさんとは、ひょっとしたら協力関係が築けるかもしれないわ。そのためには――」
アンネローズが言いかけたところで、宿の外からいくつもの悲鳴が聞こえてきた。
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