第14話
「――あんな、見た目ばかりよいだけの、甘ったれで、頭が軽くて、努力を惜しんで、女性と見ればふらふらと視線をさまよわせるような浮気性のかたとは結婚したくありません」
きっぱりはっきり断言してのけたアンネローズに、マルベルト公爵がのけぞった。
「そ、そうか……」
さすがにヒキ気味に公爵がうめく。
「いつのまにやらずいぶん嫌われたものだな、殿下は。たしかに、多少軽薄で軽率なところがなくもないが……。それだけに御しやすいお方だとは思うぞ」
と、娘に劣らず不敬なことを言う公爵。
「王子のうちは、周囲の目もありますから、そう浮ついた真似もできないだろうとは思います。でも、王位についてしまえばそんなことは関係なくなってしまうでしょう」
実際には王子のうちからアレなのだが。
「う、む……そうだな」
「そもそも、わたくしと殿下の性格的な相性があまりよろしくないと思うのです。いえ、はっきり言って悪いと思います」
「ずいぶん確信があるようだな」
「殿下は、いい格好をされたがるおかたです。とくに女性の前では」
「……そういう傾向はなくもないな。まあ、立場のある男であれば多少ともそうではあろうが」
「わたくしは、自分を抑えて殿方を『立てる』ことができるような、『かわいげのある』女ではないようです。加えて、殿下よりも何ごとにつけ努力しておりますので、わたくしがそばにいるだけで、殿下は常にメンツを潰されているようなお気持ちになるのでしょう」
アンネローズ自身、そのことに気づいたのは、だいぶあとになってからのことだ。
学院の二年生になり、クライス王子が生徒会長に、アンネローズが副会長になった。
それ以降、公の場に揃って顔を出す機会が増えていく。
婚約者と一緒にいられると最初はよろこんだアンネローズだったが、やがて、王子がアンネローズとの同席を避けようとしていることに気がついた。
職務となるとつい力を尽くしてことにあたるアンネローズは、知らずしらずのうちに能力の差を見せつけてしまっていたのだ。
今にして思えば、ふたりのあいだに本格的に隙間風が吹くようになったのはその頃からのことだった。
「ううむ……たしかにそのとおりかもしれんな。だが、まだ何度も顔を合わせていないのにそこまで断言できるものなのか? 欠点のない男などどこにもいないのだぞ?」
「その欠点をわたくしが補うことを受け入れてくださる度量がおありならよかったのだと思います。ですが、殿下にはそうした余裕がなかったのでしょう。あるいは、わたくしのほうに、殿下のそうした未熟さを受け入れ、夫の影に隠れて
「…………まるで経験してきたかのような口ぶりだな?」
「い、言い間違いですわ」
こほん、と咳払いで誤魔化すアンネローズ。
「だが、まあ、そうかもしれぬ。おまえのその利発さを抑えつけるだけの関係では、互いを補い合い、高め合うことはできぬ……か」
「相手にできないことを求め合う関係は、不幸しか生まないのではないでしょうか」
アンネローズは、精神的に自立した妻、母、女……なにより、人間でありたいと思っている。
だが、クライスが妻に求めているのは、夫の影を踏まない従順さだ。
夫を立て、夫の言うことを聞く、便利な引き立て役がほしいと思っている。
アンネローズは、将来の夫と、互いを補い、高め合う関係を築きたいと思っている。
だが、クライスは、将来の妻に、自分の弱点を受け入れ、男として、王子としてのプライドを守ってほしいと思っている。
なんであれ、男である自分が女に負けるなど、屈辱だとしか思えないのだ。
二人の互いに対する期待は、ほとんど正反対の方向にすれ違っている。
これではうまくいくはずがないと、アンネローズは思う。
「殿下が、王子として取り立てて無能だなどと申すつもりはありません」
むしろ、そこそこに優秀な王子だろう。
そのプライドの高さや押し出しの強さも、生まれ持った地位を考えれば、職業病のようなものといえなくもない。
賢くても常にオドオドしている王よりは、多少抜けていても堂々としている王のほうが、臣下として「担ぐ」分にもやりやすい。
「どちらかといえば、わたくしの問題なのかもしれません」
「アンネローズの問題……?」
「ええ。ひょっとすると、わたくしは王妃には向いていないのではないでしょうか? お父様のように宰相にでもなったほうが、よほどお役に立てるように思います」
アンネローズの言葉に、侯爵は目を丸くし……ついで、苦笑した。
「ふっ……そうかもしれぬな。だが、女性の身で公職につくことは難しい」
「ですので、この公爵領を受け継ぎ、もっと無難で御しやすい男性を婿に取るのがいいのではないかと思うのです。それがいちばん、八方無事に収まりそうです」
十五歳とは思えない娘の言葉に、公爵はまたも引いていた。
「…………な、なにか嫌なことでもあったのか、アンネローズ? もう男などこりごりといったふうに聞こえるぞ」
「い、いえ、そのようなことは……」
さすがに、三年後に酷い目に遭って戻ってきたなどとは話せない。
――ともあれ、そんな会話がなされたことで、王子との婚約は、これといったドラマもなしに、無事、お流れとなったのだった。
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