第24話
――
かつて
その不可思議な迷宮のことを、人はいつしかダンジョンと呼ぶようになった。
「……どういたしますか、お嬢様。まずは私が戦ってみましょうか?」
クレアの言葉に、アンネローズは頭に浮かんだ辞書的な知識を振り払う。
「いえ、わたくしがやります」
「ですが……」
「ハウンドドッグは低級の
「それはおおせのとおりですが……」
「もし危ないことがあっても、クレアの腕ならばどうとでもなるでしょう?」
「……わかりました。私は後方支援ということで」
当然だが、クレアはアンネローズが「前回」の学園生活でダンジョン実習を終えていることを知らない。
(しっかり勉強されているようですし、お嬢様には
と、クレアは心の中で結論を出す。
「じゃあ、仕掛けるわ」
アンネローズはそう言って、腰から剣を、背中から盾を取り出した。
どちらも安物に見せかけてあるが、目の利くものが見れば
「ご武運を」
「おおげさね」
苦笑しながら、アンネローズは足音を忍ばせ、ゆっくりと奥の
ちなみにダンジョン内はつねに薄明るいとも薄暗いともいえないような中途半端な明るさが維持されている。五メートル先は見えるが十メートル先は心もとない。そのくらいの明るさだ。
視界ギリギリまで近づき、
(クレアの言ったとおりね)
赤い目は凶暴に輝き、ぼさぼさの灰色の体毛が逆だっている。
見た目は凶暴化した野犬といった感じだが、この距離でも気づかないところをみると、犬ほどの嗅覚や聴覚はないらしい。食事を摂ることもなければ、排泄することもないという。
犬のように見えるが、あくまでも犬のような擬態をした「この世ならざる何か」だということだ。
(これも不思議ね。
獣が人を殺して喰うのは、自分が生きていくためだ。
人が獣を殺して食うのと本質的には同じである。
だから、人と獣は同じ「生き物」というカテゴリーに属するといえる。
だが、
ただ、人を殺すために人を殺す。それ以外の活動はなにもしない。
あるいは、人を殺そうとして、逆に殺される――そのために存在しているかのようでもある。
附属ダンジョンにおいて、
かつて地上を跋扈していた
学院の生徒、たとえばクライス王子やティエナは、ダンジョン探索で力をつけながら、その過程で仲を深め、最後には王子の婚約者である公爵令嬢を力づくで押しのけてゴールイン……。
あの二人が運命の恋人になるための踏み台にされているという意味では、
(馬鹿ね。
最近の自分はどうもおかしい。
以前なら考えもしなかったことにばかり考えが向く。
しかも、その考えはどれも、思いついてみればしごくもっともと納得できてしまうようなものなのだ。
(最近……? いえ、時を
あの時間遡行が、アンネローズの精神になんらかの齟齬を生み出したのだろうか?
いや、アンネローズの感覚ではむしろ逆だ。
あの時間遡行によって、アンネローズの精神は、それまではめられていたなんらかの枷を外された。
その結果、束縛されていた思考が解放され、思いついて当然のことが当然のように思いつくようになった。
事実かどうかはわからないが、アンネローズの実感としてはそうである。
(さあ、しかけましょうか)
アンネローズは手にした剣を、重みを確かめるように軽くゆする。
剣と盾のオーソドックスなスタイルは、「前回」の学院での実習のときと同じである。
ただ、実習のときよりも、手の中の剣が「踊る」ような感覚がある。
強く握りしめずとも剣が離れず、わずかな力の加減で剣が意のままに動くのだ。
その感触は、あの「断罪」のとき、
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