第25話
だから、アイザックからの敵意が消失した今、アンネローズにはもう
いや、それ以前に、アンネローズの
時間遡行の前の時点で、アンネローズは力を失っていたということだ。
にもかかわらず、アンネローズにはあのときコピーした
もっとも、それはあくまで「感触」だけで、それらの
ただ……
「まあ、試してみましょうか」
アンネローズは気配の遮断から強襲へと意識を切り替えた。
以前より力強い踏み出しで、ハウンドドッグの一匹に迫る。
ハウンドドッグが気づく
それに気づいた残りの二匹が、吠え猛りながらアンネローズの左右から襲いかかる。
嗅覚や聴覚で犬に劣るハウンドドッグだが、人を殺すという面に関しては、野生の犬のはるか上をいく。その突進速度、爪の鋭利さ、牙の硬さと顎の強さ――そしてなにより、戦いのための連携能力。
二匹のハウンドドッグは、これといった合図もなしに連携し、アンネローズの左右に回り込む。片方が飛びかかる――と見せかけ、もう片方が地を這うように滑り込み、アンネローズの足首を狙う。最初にフェイントを仕掛けたほうは、顎を大きく開いてアンネローズの延髄めがけて飛びかかる。
「ふっ――」
アンネローズは脚を引き寄せ、旋回させ、振り下ろす。
足首を狙ってきたハウンドドッグの頭が、ブーツと床のあいだで潰される。
足から伝わってきた感触に顔をしかめながら、アンネローズは上体を傾ける。
背後から延髄を狙ってきたもう一匹が、標的を失ってアンネローズを跳び越える。
宙にいるままの一匹に、
「
アンネローズの放った火炎魔法が突き刺さる。
空中で炎に呑まれたハウンドドッグは、壁に叩きつけられてずるりと落ちる。
最初に踏み潰した一匹も、アンネローズの足もとで、顎から舌を垂らして絶命している。
「……こんなところかしら」
ほっと息をついて、アンネローズがつぶやいた。
「お見事でございました、お嬢様」
「ありがとう、クレア。あなたから見て、どうかしら、今の戦闘は?」
「正直驚きました。まさかここまでお強いとは」
クレアのいつもは無表情な顔に、称賛と驚きの色が浮かんでいる。
(まあ、今のは自分でも驚いたのだけれど)
「前回」のダンジョン実習より、格段に動けるようになっていたのだ。
三年前の身体に戻ったのだから、すくなくとも身体的には戦闘力が落ちているはずだ。
にもかかわらず、以前以上の動きができていた。
(身体能力は
なぜ、敵意消失とともに消えるはずの効果が、「感覚」だけとはいえ残っているのか?
思い当たる理由はいくつかある。
時間遡行のせいかもしれないし、「聖なる祈り」で強制的に無効化された影響かもしれない。
それぞれの
あるいは、そのすべてが正解なのか。
(いずれにせよ、ありがたいことに変わりはないわね)
剣の腕では並ぶもののいないアイザックの剣技。
並外れた身体能力を持つユーゴの身体感覚。
魔術の名家に生まれ育ったシモンの魔法感覚。
クライス王子の
「一匹くらい受け持とうと思ったのですが、そんな時間もなくお嬢様が片付けてしまわれましたね。連携の巧みなハウンドドッグ相手に一対三というのは簡単ではないことなのですが」
「わたくしもここまで綺麗にいくとは思わなかったわ」
先制で一匹を仕留め、盾で一匹を凌ぎながら、もう一匹を先に倒す。
そういうプランを立てていたのだが、一瞬の交錯で二匹をまとめて倒してしまった。
「
「いえ、使ってないわ」
最初の一匹は、相手から敵意を向けられる前に倒した。
残りの二匹に
アンネローズがこうしてダンジョンに潜っているのは、「聖なる祈り」で
「まずはわたくし自身の力で、と思ったのよ。
「ご自身の力なのですから頼っても良いとは思いますが……。そのご様子でしたら、このあたりの敵は問題なさそうですね」
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