第35話
「わたし、誰がどうしたからどうなって、それからどうなった、みたいな話のしかたが苦手なのよね。だから、結論から言っていくわ。納得できないことばかりでしょうけど、最後まで聞いてから質問してね」
「……わかりました」
うなずきながら、アンネローズは思う。
(まさかとは思うけど……ティエナさんも、わたくし同様過去に戻って?)
いや、それだけでは、ティエナの口にするよくわからない専門用語?のことが説明できない。自分は転生者だと言ったことも。
「大前提として、この世界はゲームの世界なの。すくなくとも、ゲームの世界にそっくりな世界」
「ゲーム、とは?」
「わたしの生まれた世界は、この世界とはべつの世界なの。その世界では科学技術が高度に発達していた。……いえ、それは正確ではないのかしら。もしかしたら、元の世界よりずっと科学の発達した世界だってあるかもしれないものね。ただ、この世界よりは高度な科学技術を持っていたことは事実よ」
「は、はあ……」
アンネローズは相槌の打ち方にすら困ったが、ティエナはこちらの反応は気にしないことにしたようだ。
以下、ティエナはアンナローズの返事を待たずに滔々と語っている。
「向こうには、情報を処理するためのコンピューターという機械があった。その技術を遊びに流用したのがゲーム。スマホっていう、手のひらサイズの機械があって、そこにテキストや画像を映し出し、音楽や音声を再生する。プレイヤーが求められた操作をすると、それに反応して画面が切り替わる。まあ、なんていうか……手の込んだ紙芝居みたいなものかしら。事前にプログラムされた演劇のようなものといってもいいわね」
「そこは、そういうものがあると思ってもらうしかないわ。この世界にあるもので喩えるのはちょっと無理。ただ、物語性があって、プレイヤーの選択によってその展開が変わるインタラクティブな体験ができる遊びだってことだけわかってくれればいいわ。なんなら、魔法の小箱の中に劇団がいて、こっちのリクエストに合わせて演目の展開を変えてくれる……みたいな理解でもいいわね」
「ゲームにもいろいろ種類があるんだけど、この世界とそっくりだっていったのは、乙女ゲーム『
「ラブラビは、主人公であるティエナ・ローリンズが貴族学院に入学するところから始まるわ。ティエナは攻略対象である男子生徒たちと親しくなって、いろんな問題ごとを解決するの。最後には、お気に入りの男子と結ばれる」
「ラブラビはソシャゲだから、攻略対象はガチャ排出なのよね。……って、ここは詳しく話しても混乱するか。まあ、いろんな男の子たちと甘い学園生活が疑似体験できる、という趣向なのよ」
「攻略対象は全部で……えっと、百人以上はいたかな。でも、メインシナリオにからむのは、ゲームの看板でもある五人の男子よ」
「プリンス・クライス、アイザック・クランツ、シモン・フレデリン、龍宮寺勇悟、エミール・アイゼンの五人ね」
挙げられた名前にアンネローズがピクリと反応するが、ティエナはそれに気づかず続けた。
「ティエナが彼らとくっつくためには、彼らの好感度を上げる必要があるわ。その方法はいくつかあって、まず、イベントを消化すること。次に、イベント内で出現する選択肢で正解を選ぶこと。それから、ダンジョンを一緒に探索すること。あと、ダンジョン内で手に入るプレゼントアイテムを贈ること」
「会話の選択肢は結構複雑で、初見で全部正解できるようなものじゃないわ。これは、ゲーム開発者が『現実の会話で毎回正解の発言ばかりを口にできるわけがない。失敗も含めてリアルな会話を目指したい』みたいなことを考えたからみたいね。実際、この部分は結構評判がよかったの」
「間違った選択肢でも、その後の会話の方向性次第では違いを認め合ってわかりあえたりもしてね。よくできてたわ。男女問わず、アドベンチャーゲームって、決められた正解の選択肢を当てるだけのシステムになりがちだから、ちゃんと会話してる気になれるっていうのは新機軸だったのね」
「ただ、イベントは一回きりだから、その会話で失敗しちゃうと、好感度が稼げなくなっちゃうのよ。スマホゲーだからセーブ&ロード……えっと、やり直すわけにもいかないし。その救済策になってるのが、ダンジョン探索やプレゼントアイテムってわけ」
「イベントをうまくこなせればそれでよし、ダメなら行動力を消費して余分にダンジョンに潜って好感度を稼ぐ。行動力は例によって少なめに設定されているから、もし足りなくなったら課金して回復する必要があるわ。複数の攻略を同時に進めたい場合には、ほぼほぼ課金が必要になってくるわね」
「……えっと、余計なことまで話しちゃったけど、ここまではいい?」
ティエナはそう言うと、バーテンダーに「モスコミュール」と注文する。
「いいかと申されましても……正直想像を絶しています」
「でしょうね」
「一度わたくしなりに要約してもよろしいでしょうか? 科学技術の発展した異世界には、手のひらサイズの情報処理機がある。その機械を遊びに転用したのがゲーム。ゲームにはいろいろ種類があって、その中の一つ、女性向けの乙女ゲームなるものの中に、この世界と酷似したものがあった。ええと、『
「……はあ、たいしたもんね。あっちの元上司よりよっぽど理解が早いわ」
「それはどうも。その『
プレゼントアイテムと聞いて、アンネローズはダンジョンで拾った奇妙なアイテムのことを思い出す。
ただの愛らしい熊のぬいぐるみが、なぜか重要なものに思える奇妙な現象のことも。
「クレア、回収してきたドロップアイテムを何か出してくれる?」
「はい。これでいいでしょうか?」
クレアは左ももに固定したポーチから、熊のぬいぐるみを取り出した。
ぬいぐるみはポーチよりもあきらかに大きい。
このポーチは、高ランク探索者でも限られたものしか持っていないという
ぬいぐるみにちらりと目をやって、ティエナがうなずく。
「そう。それがプレゼントアイテム。ちなみに、『クマーヌのぬいぐるみ』はシモンにあげると喜ぶわ。アイザックに対しては今ひとつ。他は普通くらいの反応ね」
「プレゼントの種類に好みがあるということですか」
あの何かをこじらせた少年といった雰囲気のシモンが、こんなかわいらしいぬいぐるみをもらって喜ぶというのは意外だが。
「プレゼントアイテムは、ゲーム内のすべてのユニットに贈ることができる。ユニットの好感度が上がると、探索時にボーナスがついたりするの。あ、ユニットっていうのは、探索に組み込むことのできる戦闘要員ってことね。そこの
「……人をモノのように言わないでいただきたいですね」
憮然として言うクレアに、
「あら、好き好んで召使いなんてやってるくせに、モノ扱いされるのは嫌なのね」
「お嬢様はわたしをモノ扱いなどなさりません」
「それは立派なお嬢様だこと。この世界の貴族たちときたら、召使いなんて端金で言いなりになる便利な人形くらいにしか思ってないでしょうに」
「一般論として否定はしませんが、わたくしはそうはなるまいと思っておりますわ」
「…………ほんっと、あんたって悪役令嬢らしくないわよねぇ」
呆れた声でつぶやくと、ティエナはバーテンダーの差し出したカクテルに口をつけた。
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