第37話
異世界では、科学技術によって世界そのものを「創る」ことまでできるのか――
(もしそんなことができるのだとしたら……それはもう「人」ではないわね)
生き物としてはこの世界の人間と同じだとしても、能力の面では「神」と呼んだほうが近いだろう。
が、アンネローズの疑問に、ティエナは首を左右に振った。
「ううん、そんなことはありえないわ。ありえないはずなの。そりゃ、ゲームはこの世界の創作物と比べて表現力が高いけど、あくまでも『作り物』にすぎないわ。ゲームの『世界』といったけど、そんなものが実在するはずがない……。物語の中に描かれた『世界』が実在しないのと同じことよ」
「ですが、ティエナさんは……」
「……そうなの。わたしはなぜか、ゲームの中としか思えないような世界に転生してる」
顔を伏せるティエナに、クレアががたんと立ち上がり、
「そ、そんな話、信じられるわけがありません!」
「だから、最初から言ってるでしょ。信じられないような話だって」
クレアは、座ったままのアンネローズ越しに身を乗り出し、ティエナを睨む。
「たしかに、プレゼントについては、あなたは正しい情報を開示したようです。あなたの反応が演技だったとは思えません。わたしは人の感情の機微には敏感ですので」
「対人戦のプロフェッショナル、
「しかし、嘘を吐く余地がまったくないとは言い切れません。説得力を増すために嘘に事実を交えるのはよくある手口です」
「ずっと言ってる通り、わたしの言ってることを立証できるものなんて何もないわ。さっきのプレゼントの件みたいに、この世界では知られてない情報を部分的に明かすことはできるけれど」
「ならばっ……!」
「――待って、クレア」
アンネローズはスツールに座ったままクレアを見上げる。
「話はまだ終わってないわ。最後まで聞いてから質問する。それがティエナさんとの約束よ」
「それは……そうですが」
「わたくしを信じて、クレア。それとも、あなたには、わたくしが証拠のない話を裏も取らずに鵜呑みにするように見えるのかしら?」
「い、いえ……失礼しました。ティエナ様にも、大変ご無礼を」
「いいわよ、べつに。そういう反応には慣れてるから」
ティエナは、座り直すクレアからカクテルへと目を戻す。
「慣れてる、ということは、他の方にも話したことが?」
「ええ。戯言だ、信じられない、騙そうとしてる……今のクレアさんくらいの反応なら、まだいいんだけど。人によっては、かなり強い拒絶反応があるのよね」
「拒絶反応、ですか?」
「そう。たしかに、わけのわからない話をされてわたしの正気を疑うってだけなら自然だと思うんだけど。それ以上の不可解な反応に出くわすことがあるのよ」
「……具体的には?」
「激高して否定するっていうのはマシなほう。硬直して目がうつろになり、こっちの声が耳に入らなくなったりとか、パニックになってわたしを殺そうとしたりとか」
「こ、殺そうと? たしかに、それは過剰すぎますね」
驚きつつも、アンネローズには思い当たることがあった。
(ダンジョン内で、わたくしが不思議なことを指摘するたびに、クレアは苛立っていたわ)
いつもは冷静なクレアが、そんな感情を主人であるアンネローズに剥き出しにするのは珍しい。
最初はダンジョン内で気を張っているからかとも思ったのだが。
ティエナがカクテルから口を離して言う。
「たぶん、世界の秩序を維持するために、なんらかの力が働いているのよ」
「さきほどは世界の強制力とおっしゃっていましたね」
「うん、まあ……」
と、なぜか歯切れが悪くなる。
「いや、これ以上話をややこしくしたくはないんだけどさ……」
「なんですか? この際です、言ってください」
「そうね。あんたなら理解はできるかも」
「信じられるかどうかはともかく、言われた内容を整理して把握するだけでしたら」
高位貴族の娘としての教育、貴族学院で三年連続次席を取り、生徒会長を務めた経験。
アンネローズは他人の報告を聞いて要点をつかむことには慣れている。
「元の世界には、ゲームという遊戯があった。そこまでは説明したわ」
「はい」
「ところで、この世界にだって、物語の中の世界に入ってしまった……というタイプの話はあるわよね?」
「ありますね。おとぎ話の世界に迷い込んでしまった子どもが、お家に帰るために試練を乗り越える、といったような。すこし違うかもしれませんが、とある演劇の中で、登場人物が劇中劇を見るという場面もありました」
「……それ、『ハムレット』じゃない?」
「そのような題名でした」
「元の世界にも『ハムレット』はあったの。シェイクスピアという昔の劇作家の作品ね。こっちの世界では作者不詳になってたけど」
「そうなのですか」
「そうなのよ。って、そうじゃなくて……物語の中に入る物語の話ね。これは、ゲームにも当てはまるの」
「……つまり、ゲームの中に入り込むという設定のゲームがある、ということですか? それが、ラブラビだと?」
「いえ、ラブラビは違うわ。ただ、乙女ゲームの世界に転生してしまった!という設定のネット小せ……いえ、物語はかなり人気があったのよ」
「乙女ゲームの世界に転生、ですか。ティエナさんの現状そのものですね」
「そう、そうなのよ!! 単に、この世界が元の世界のゲームの世界にそっくりってだけの話じゃないの! わたしがその乙女ゲームの世界に転生するってところまで含めて、『テンプレ』通りの展開になってるわけ! なによこれ!? ありえないじゃない! 乙女ゲームに転生する話だと転生者はわりとあっさり状況受け入れちゃってるけどさ、自分の身に起きたらどうなるか考えてみろって言うのよ!!??」
「ち、ちょっと、落ち着いてください」
「そ、そうね……」
ティエナが大きく息をつく。
「ええと、強制力の話だったわね。この『強制力』って言葉は、わたしのオリジナルじゃないの。転生モノ小説の
「世界の秩序を維持するための力、でしたか。その、そうした物語ではどのような役割を果たすのですか、『強制力』というものは?」
「物語の中に入るってことは、物語の筋書きを知ってるってことよね?」
ティエナの言葉に、アンネローズは密かにぎくりとした。
(筋書きを知っている……)
本来の未来を知っているという意味では、アンネローズと同じだ。
「……わかります。読者として知っている物語の中に入るのですから、当然筋書きは知っていることでしょう」
「お話ってのは、ドラマ――波乱がないとつまらないわよね。だからこの場合、筋書きとちがった展開になって戸惑ったり、逆に筋書き通りに進んでしまうと困るからそれを回避しないといけなかったりするわけ」
「筋書き通りに進むと困る……ですか」
思案げにつぶやいたアンネローズに、ティエナは一瞬鋭い目を向けた。
が、つっこみはせず、話を続ける。
「いずれにせよ、本来の筋書きとの相違からドラマが生まれるわけね。その本来の筋書きが簡単に覆ってはつまらないでしょ。だから、本来の筋書きに沿って『話』が進むように、人智を超えた力が働くのだーって設定が出てくるの。それが、」
「強制力、ですか」
「そ。この世界の人たちが、とくにダンジョンがらみで妙な言動を取ることがあるわね。わたしはその現象のことを、テンプレにちなんで『強制力』と呼んでるの。わたしだけの勝手な呼び方だけどね」
「では、それはあくまでも異世界の創作物に関する概念であって、この世界に当てはまるかどうかは確言できないことになりますね」
「…………あんた、やっぱり賢いわね。さすが悪役令嬢。なにやらせても嫌味なほどに完璧だわ」
ぼやくようにティエナが言う。
その中に含まれる単語に、アンネローズは脳裏にひらめくものがあった。
「悪役令嬢、と、あなたは最初からおっしゃっています。その単語もまた、何か物語的な意味合いがあるということですか?」
アンネローズの質問にティエナは目を見開き、少しためらってからうなずいた。
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