第45話
「
死神の連撃がバリアを砕くのと同時に、アンネローズは魔法を放った。
稲妻の矢が空を切り裂き、死神の襤褸へと吸い込まれる。
……が、それだけだった。
「き、効いてません!」
アンネローズは敵意の爆竹を投げつけながら悲鳴を上げた。
ババババババ! というやかましい炸裂音のあとに、
「死神は魔法耐性もめちゃくちゃ高いわ! 高度な浄化魔法以外は効かなかったはずよ!」
ティエナのありがたくもない答えが返ってくる。
と同時に、アンネローズに敵意を向け直した死神が、何の脈絡もなく姿を消す。
アンネローズはそれを見るなり自分の後方三メートルほどの地点に空間跳躍。
跳躍を終えたアンネローズの前には、同じく跳躍を終えた直後の死神がいた。
死神が姿を消したのを見て、自分の後ろを取りに来ると判断、そのさらに後ろを取ったのだ。
アンネローズは三回行動を生かして死神の背に剣と魔法と拳を叩き込む。
剣、
そのすべてに手応えがない。
「逃げましょう!」
アンネローズは叫んだ。
「わたくしが注意を惹きつけます! そのあいだに二人は出口に向かってください! もし途中で帰還の御札が使えるようならそれで!」
「そんな! お嬢様を囮にして逃げるなどできません! 囮にならばこのわたしが!」
「クレアでもこれの相手は厳しいわ! はっきり言って、命をかけても囮にすらならないでしょう!」
「くっ、そ、それは……!」
「言い争ってる場合じゃないわ、クレアさん! アンネローズさんなら、すくなくともやられることはないはずよ! わたしたちがいても足手まといになるだけだわ!」
「そういうことだから、クレア、ティエナさんをよろしく頼むわ! ここで死なれては今後に差し支えるかもしれないの!」
「わ、わかりました……」
一言しゃべるあいだに、アンネローズは死神に三回の攻撃を加えている。
死神もアンネローズと同じペースで跳躍や攻撃を繰り出してくる。
自分が三回行動するあいだに、クレアやティエナは一回しか行動できない。
会話のやりとりすら、今のアンネローズにとっては三分の一のテンポに感じられ、もどかしいことこの上ない。
(これがティエナさんの言っていた「ターン」というもの?)
単純に行動が三倍速いというわけではない。
音楽でたとえれば、本来手拍子一回分の間隔に三回分の手拍子を押し込むような感じ。
時間が遅くなっているわけでもなく、テンポだけが早くなった感覚だ。
(ゲーム……そう、さっきのカジノで言えば、ブラックジャックで行動を決めるための「ターン」一回のあいだに三回の行動ができてしまうということ)
通常の探索者が一回攻撃するあいだに、死神は三回攻撃してもいいし、一回攻撃、一回跳躍、一回攻撃と三つの行動を組み合わせてもいい。
クレアは超一流の探索者だし、ティエナの防御魔法も相当なものだ。
だが、それでも。
三回行動などという異常な能力を持つ相手にはなすすべがない。
「クレアさん! 一刻も早く逃げることが、アンネローズさんを助けることに繋がるわ!」
「くううっ! お嬢様、申し訳ございません!」
ティエナに促され、クレアが無念を噛み締めてダンジョンの奥へと駆け出した。
死神と三拍子のワルツを踊りながら、アンネローズはほっと胸を撫で下ろす。
だが、その安堵も長くは続かなかった。
「嘘っ!?」
ティエナがいきなり足を止め、
ダンジョンの奥のほうでクレアとティエナを中心に展開したドーム状のバリアに、三拍子の強烈な攻撃が襲いかかる。
ティエナたちに襲いかかったのは、言うまでもなく死神だった。
だが、死神は、アンネローズの前で死のワルツを踊っている。
その死神とは別の死神が、ティエナたちに襲いかかったのだ。
「クレアっ!」
アンネローズは魔法のボディバッグから敵意の爆竹を取り出し、慌てて二体目の死神に投げつける。
炸裂音と閃光で、二体目の死神がアンネローズへと振り向いた。
そのあいだにアンネローズは空間跳躍。
二体目の死神の背後を取って、死神の意識をティエナたちから引き剥がす。
二体目の死神からの敵意によって
……だが、アンネローズは今それどころではない。
「ティエナさん! どういうことなんです!? 死神が二体も出るなんて!」
「し、死神は何体も出るものなのよ!」
「そんなこと一言も言ってなかったじゃないですか!」
「しかたないじゃない! 死神が出た時点で普通ならゲームオーバー! 運が良ければ階段を降りて逃げれるけど……!」
「ティエナ様があまりに長くカジノに居座ったために、複数の死神が出現したのではありませんか!?」
「か、かもしれないけど!」
クレアにも責められ、ティエナが涙目になる。
「二体いたのなら、他にもいると思うべきでしょうね」
空間跳躍と死神の二倍以上の敏捷性で駆け回るアンネローズは、ティエナたちからはほとんど残像にしか見えなかった。
なお、三回行動の特性は重複しなかったようだ。三回行動+三回行動で六回行動になったり、三回行動✕三回行動で九回行動になったりはしていない。
「……ここで倒すしかない、ということですか」
アンネローズが二人を抱えて逃げるという手もあるにはある。
だが、その先にもまた死神が現れる可能性がある。
いくら能力が敵の数だけ上がるとはいえ、一対複数の戦いになれば、数の差で押し切られることだろう。そう、ちょうどあの「断罪」イベントのときのように。
「そうだわ! 断罪イベント!」
アンネローズは閃いた。
「
「えっ、
アンネローズの言葉に、ティエナが当然の疑問をぶつけてくる。
「いえ、使えません! 感覚の名残りのようなものがあるだけです!」
「名残り? ひょっとして、
「詳しいことは言えませんが、そうです!」
「現段階でアイザックと敵対してるってどういうことよ!? って、今はそんなこと聞いてる場合じゃなかったわね!」
「
「うわっ、チートじゃない、そんなの! ただでさえ
「何か知ってるんですか!?」
「シナリオの最後で
……もちろんこの会話のあいだにも、アンネローズは二体の死神と死のワルツを踊っている。
空間跳躍での背後の取り合い。
一ターンに三回ねじこまれる攻撃。
アンネローズは能力面では個々の死神にダブルスコアをつけているが、死神に対して有効な攻撃手段がひとつもない。
一方、死神たちの攻撃は、霊でも神でもないアンネローズには届くのだ。
「そのご都合主義最強
「なんでもかまいません!
言いながら、アンネローズは「断罪」のときの感覚を再現しようとする。
あのときは、手に浄化の力を宿し、聖剣に見立てて
だが、今のアンネローズではかすかな手応えを感じるのが精一杯だ。
「そうだ! アイザックのシナリオには彼に扱える聖剣を探すっていうイベントがあったわ! 実家に伝わる聖剣がアイザックには抜けなかった! だからダンジョンで別の聖剣を探すのね! ティエナが『その聖剣が抜けないなら別の聖剣を探せばいいじゃないですか』とかなんとかアドバイスするのよ、たしか!」
「じゃあ、今から聖剣を探せと言うんですか!?」
「う、そ、そうよね。で、でも、『ラブラビ』には他にも聖剣扱いになる武器がそれなりにあったはず……。って、そうだ! あれよあれ! あれを使えばいいんだわ!」
「あれとはなんですか!?」
「あれよ! さっきカジノで取ってきたやつ!」
「ひょっとして……プラチナの宝剣ですか!?」
アンネローズは死神二体の攻撃をさばき、距離を取る。
「そう、あれ! クライスのプレゼントアイテム! 武器としての性能は弱いけど、破魔の効果がついてるの! 聖剣には漏れなく破魔の効果がついてるから、あの宝剣が聖剣の一種であってもおかしくないわ!」
「試してみます!」
アンネローズは魔法のボディバッグから魔法のボディバッグを取り出した。
その魔法のボディバッグからプラチナの宝剣を取り出す。
……なぜそんな面倒なことをしているかというと、プレゼントアイテムを実戦で使うとは思っていなかったので、容量圧縮のためにバッグの中のバッグに入れていたからだ。
ボディバッグ二つをたすき掛けにし、取り出したプラチナの宝剣を構えるアンネローズ。
なお、バッグからバッグを取り出し、そのバッグから宝剣を取り出して装備する、この一連の流れは三回行動一セットで終わっている。
背後に跳躍してきた死神の背後に跳躍し、宝剣で斬りつける。
わずかに、何かを裂くような手応えがあった。
ゼリー状の何かを斬ったような……。
が、
ただ、あのときの感覚がすこし鮮明になったような気がする。
「行けるかもしれません!」
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