第6話

「今年は何年!?」


 執拗に問うアンネローズに、侍女であるクレアは戸惑いながらも答えを返す。


「は、はい。今年はアルバ暦997年でございます」


「997年!? 1000年ではなく!?」


 あの忌まわしい卒業記念パーティが行われたのはアルバ歴1000年。

 すくなくとも、アンネローズの主観によれば、今年がそのアルバ歴1000年のはずである。


「ええ。間違いは……ないです。今年は997年です。考えにくいですが、もしわたしが勘違いしていたとしても、前後一年くらいのことでしょう。王国中が待ち望む千年紀とまちがえることはありえないです」


「そうよね」


「……お疑いでしたら、他の者にも尋ねて参りますが……」


「……いえ、いいわ。ごめんなさい。クレアがそんな勘違いをするはずがないもの」


 ようやく引き下がった主人の様子に、クレアは内心で胸をなでおろす。


 幼いときからアンネローズは聡明と言われてきた。


 アンネローズがこんなふうに取り乱すのを見るのはクレアにとっても初めてだったのだ。


 ――いけませんね。お嬢様が取り乱すのを見て、こちらまで取り乱しそうになりました……。


 主人の混乱につられて自分まで混乱しそうになったことを、クレアは心のうちでひっそりと恥じた。


 それにしても、今朝のアンネローズの様子はやはりおかしい。


 その原因を把握するのも専属侍女の仕事だと思い返す。


「お嬢様。なにか悪い夢でもご覧になったのでは?」


「悪い夢……そう、夢、ね……」


 クレアは何気なくその言葉を口にしたのだが、アンネローズは眉根にしわを寄せて黙り込む。


「いえ……あれは決して夢では……」


「お、お嬢様?」


「ああ、ごめんなさい、クレア。ええと……なんだったかしら」


「朝食の準備がそろそろ整いますので、呼びにまいったのですが」


「あ、ああ、朝食。そうね。着替えたらいくわ」


 と、まだどこか気がそぞろな様子の主人に、クレアは内心で首を傾げる。


 ……お目覚めが悪かったのでしょうか。あまり掘り下げるべきではないかもしれませんね。


 お嬢様だって寝ぼけることくらいある……のだろう。

 これまで一度も見たことがないが。


 それならなおのこと、深追いするべきではないのだろう。

 寝ぼけていたときの言動をあとになって思い返せば、恥ずかしく思うにちがいない。


 ――そんなアンネローズ様も可愛らしいかもしれませんが……。


 クレアは一瞬、常に完璧な主人のおちゃめな姿を見てみたい誘惑に駆られたが、鋼の忠誠心によってその誘惑を胸にしまった。


「ご加減が悪いようでしたら少し遅らせましょうか?」


「いえ、それは…………ええと、そうね。なんとなく頭がすっきりしないから、少し遅らせてもらえるかしら」


 やはりどこか上の空なのが気になったが、


「かしこまりました。料理長に伝えておきます」


 クレアはそう言うと、アンネローズの前からいったん引き下がることにした。

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