第5話

「大丈夫です、王子様! わたしの祝力ギフト『聖女の祈り』でアンネローズ様の祝力ギフトを無効化しちゃえばいいんですよ!」


 ティエナの言葉に、男たちの目に光が戻る。


「そ、そうだった! みんな、なんとしてもティエナを守るんだ!」


「ああ!」

「もちろん!」

「やってやるぜ!」


 クライスの言葉に、アイザック、シモン、ユーゴが構えを取る。


 一方、アンネローズは、ここに来て初めて焦りを覚えていた。


 ――まずいですわね。


 ティエナが祝力ギフトを持っているなどという話は初耳だ。


 しかも、それが伝説に名高い「聖なる祈り」とは……。


 史書によれば、この国を建国した初代王が魔王討伐の旅に出た際に、聖女が魔王の無敵結界を破るために使った祝力ギフトである。

 その使い手は初代王によって「聖女」と認定され、今では信仰の対象にもなっている。


 まさか、ティエナが聖女と同じスキルを持っているとは。


 ろくでもない女によくもまあ錚々そうそうたる男たちが骨抜きにされたものだと思っていたが、ティエナが本当に聖女なのだとしたら話が変わる。


「させないわ! 火炎薔薇嵐フレアローズストーム――灼華の剣シャイニングブレイド!」


 焦りから、初めて先制攻撃をしかけるアンネローズ。


 薔薇色の火炎の旋風を撃ち込み、そこから逃れたところを聖剣技セイクリッドアーツで斬り込む。


 王国最高峰の剣技系祝力ギフトと魔術系祝力ギフトの連続使用――こんなことが可能な人間は、この国はもちろんこの大陸のどこにもいない。


 そもそも、一人一つしか授かることのできない祝力ギフトを、二つ同時に扱える時点でおかしいのだ。


「負けられない……火炎旋風ファイヤーストーム!」


「ティエナは絶対に守ってみせる! 聖剣技セイクリッドアーツ守護の方陣ホーリーフィールド!」


「この隙に仕掛けるぜっ! 龍拳乱舞ドラゴニック・レイヴ――龍爪脚りゅうそうきゃくぅっ!」


 魔法同士は相殺。

 聖剣技セイクリッドアーツは防御の聖剣技セイクリッドアーツで受け止められた。


 その隙に、ユーゴが逆襲をしかけてくる。

 アンネローズは紅華狂咲ローゼン・ステップで飛び蹴りを回避、距離を取る。


 そこに、三人の男たちが一斉に襲いかかる!


「くっ――!」


 アイザック、シモン、ユーゴの三人がかりでは、さすがに防戦一方だ。


 ――さすがに分が悪いですわね……!


 シモンが連発する広範囲火炎魔法が、アンネローズから逃げ場を奪う。

 そこに、アイザックの聖剣技セイクリッドアーツや、身体能力を爆発的に高めたユーゴの猛撃が襲いかかる。

 敵意の中でヘイト咲き誇る薔薇・ローズによって敵の分だけ・・・・・底上げされたアンネローズの身体能力をもってしても、しのぐだけで精一杯だ。


 そして、


「さっきまでの威勢はどうした、アンネローズぅっ!」


 外野から、何もしていない王子がアンネローズを煽る。


 ――いや、本当に何もしていないわけではない。


 クライスの祝力ギフトは「栄光ある王笏ロイヤルタクト」。

 自らの指揮下にある者の連携能力を飛躍的に高めるという能力だ。


 ……まあ、祝力ギフトの発動に本人の意思は関係ないので、何もしていないというのもまちがいではないのだが。


 その気になれば指揮下にある者に命令を下すこともできると聞くが、アイザックたちに命令するつもりはないのだろう。

 それぞれ癖が強く一芸に秀でたタイプばかりなので、下手に命令しないほうがうまくいくのはまちがいない。


 この点についてだけは、クライスは珍しくまともな判断をしている。

 単に戦いのめまぐるしさについてこられていないだけかもしれないが。


 ともあれ、加速していく戦闘は、ついに危険な領域に突入する。


 シモンが無差別に放つ火炎魔法が、えある貴族学院卒業記念パーティの会場である王城のダンスホールを火の海と化し、


 アイザックががむしゃらに放つ聖剣技が、大理石の柱を、クリスタルのシャンデリアを切断し、


 ユーゴが力任せに振るう拳や脚が、王城の床を、壁を、天井を突き崩して大穴を開ける!


 緋色の絨毯は炎の赤に染め直され、倒壊する柱が豪華な料理を押しつぶす!


 降りかかる瓦礫が、城の貴重な彫像や王家伝来の美術品を粉砕する!


 当然、パーティの参加者たちも巻き込まれている。


「ぐわああああっ! 俺の脚が柱の下敷きにぃぃっっ!」


「痛い、痛いですわ! シャンデリアの破片が私の腕に……!」


「私のドレスに火がぁぁっ!?」


 パーティ会場は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。


「くっ、なんてことを!」


 と、アンネローズがうめく。


 アンネローズは一応、周囲を巻き込まないよう注意しながら戦っていた。


 だが、戦闘モードに入った三人の男子は、完全に見境をなくしている。


 三人の胸中には、同じ危機感が宿っていた。


 ――このどさくさにまぎれてアンネローズの口を封じておかないことには、その後の人生が詰んでしまう!


 ……いや、いまさらアンネローズの口封じをしたところでほぼほぼ詰みだと思われるが、弁の立つアンネローズを生かしておくのはさらにまずい。


 というか、怖い。


 さらに、愛しいティエナを脅かす憎い「敵」へと向ける強烈な感情が、倫理や良識、節度といった、人として大切なものをあらかた吹き飛ばしてしまっている。


 そうした彼らの「敵意」がアンネローズに向けられるたびに、アンネローズはさらに強くなる。


 だが、いくら敵意の中でヘイト咲き誇る薔薇・ローズの効果があるとはいえ、「いざとなればすべてアンネローズがやったことにしてしまおう」と考え、周囲の被害を顧みない三人を同時に相手取るのは難しい。


 忘れがちだが、クライスの栄光ある王笏ロイヤルタクトの効果もまた、知らずしらずのうちに普段はバラバラな三人の連携を高めていた。


 炎と煙で視界が遮られたことで、シモンとアイザックはアンネローズのいそうな・・・・ほうへ、狙いもつけずに魔法や聖剣技を連発してくる。


「――逃げ隠れするな魔女め! 聖剣技セイクリッドアーツ浄化の剣ディヴァインブレイド!」


 アイザックの放った光の刃は、アンネローズのかなり前方へと飛んでいく。


 一撃は、あきらかに的を外していた。


 浄化の剣ディヴァインブレイドは大理石の柱を斜めに切断、大理石の柱が斜めに滑る。


 まずいのは、その柱がダンスホールの大階段を支える重要な一本だったことだ。


 そして、さらに悪いことに――


「皆さん!?」


 大階段の下には、貴族学院の卒業生たちが固まっていた。

 突然の戦いに逃げそびれ、物陰に避難していたのだろう。


「くっ――どうか間に合って!」


 アンネローズは紅華狂咲ローゼン・ステップで加速。

 大階段の下に飛び込むと、


「――聖剣技セイクリッドアーツ薔薇の蕾陣ローズガーデン!」


 薔薇の透かしの浮いた紅いバリアを展開し、崩壊する大階段を受け止めた!


「あ、アンネローズ様!?」


 卒業生の女子の一人が驚きの声を上げる。


「……ご無事ですか、皆さん」


 階段を受け止めたままアンネローズが微笑むと、


「は、はい……でも、どうして……!」

「わたしたちは……王子に頼まれて偽証を……!」

「学院でも敵意を向けてばかりだったのに……!」


 どうやら、かばった卒業生たちは反アンネローズ派の女子たちだったらしい。


「あら。敵意なんて、向けられていましたの? おあいにくさま。わたくし、敵意を浴びれば浴びるほど強くなれるたちでしてよ?」


 バリアを支えながら笑って言ったアンネローズに、卒業生たちは言葉を失った。


「アンネローズ様! わたしたち、間違っていました!」

「わたしも!」

「わたしもです!」

「アンネローズ様のことを誤解してました!」

「ごめんなさい!」

「どうか、どうか、お許しを……!」


 泣きながら卒業生たちが謝ってくる。


 三年間の学院生活でわかりあえなかった彼女らが口にする謝罪の言葉に、アンネローズもこんな状況でなければ感動できただろう。


 アンネローズは、彼女らに冷たい目を向けて、


「……あのですね。お詫びも状況を見ながら言ってくださいね?」


 涙を流し平伏しそうな勢いの彼女らに、避難するよう告げようと――


 口を開きかけたところで、ティエナの声が聞こえてきた。



「――発動します! 『聖なる祈り』!」



「しまっ……」



 パアアアアアア――ッ!

 


 屋内だというのに、「天」からいきなりまばゆい光が降り注ぐ!


 天井も壁もシャンデリアも透過して、純白の光が空間を満たす。


 その光の前には影すら生まれない。


「くぅぅっ……ち、力が……!」


 その光の中で、アンネローズはがくりと膝をつく。


 これまで彼女を満たしていた力が消えようとしている。


 最後の力を振り絞り、バリアを横に薙ぎ払って、大階段の残骸を吹き飛ばす。


 ――だが、そこまでだった。


 あれだけ満ち溢れていた力が、アンネローズの身体から消えていた。


 敵意の中でヘイト咲き誇る薔薇・ローズの加護を失った今、アンネローズはただの無力な貴族令嬢にすぎなかった。


 しかも、大階段の残骸を吹き飛ばしたことでアンネローズの居場所は丸わかりになっている。


「――あそこだ! やれっ!」


 クライスが手近にいた騎士に命令を下す。

 栄光ある王笏ロイヤルタクトによる強制命令だ。


「はっ!」


 騎士は素早く矢をつがえ、アンネローズに弓を引き絞る。

 


 ギュンッ! ドガッ!



「かふっ……」


 アンネローズの口から鮮血が零れた。


 傾いていく視界の隅に、胸から溢れる鮮血が映る。


 後頭部が、大理石の床にぶつかった。


 アンネローズの意識が、徐々に闇に呑まれていく。



 「攻略対象」ですらないただのモブ騎士の放った矢は、「悪役令嬢アンネローズ」の心臓を真っ直ぐに射抜いていた――











「はっ!? 今のは!?」


 アンネローズは豪華な寝台の上でがばりと身を起こす。


 陽気の感じられる暖かな窓辺。


 そこにある天蓋付きのベッドの上で、アンネローズは意識を取り戻した。


「い、いかがなさいましたか、お嬢様!?」


 控室から侍女が慌ててやってきた。

 明るい金髪を編み上げてシニヨンにした、二十歳ほどの侍女である。


「う、クレア……舞踏会はどうなったの?」


「舞踏会……ですか? ひょっとして、貴族学院の卒業記念パーティのことでしょうか」


「他に何があるのよ?」


「いえ、今年のパーティは先月終わったばかりですが……」


「先月……? まさか、わたくしは一ヶ月も眠っていたの!?」


 アンネローズは自分の胸をぺたぺたと確かめる。


 ドレス映えする豊かな胸に違和感はない。


 傷らしきものもなければ、それがふさがった跡すらない。


 そう。まるで、なにごともなかったかのように――


「……ど、どうなさったのですか、お嬢様? お嬢様は昨晩いつもどおりご就寝になられたと思いますが」


「クレア……今日の日付は?」


牡牛座タウラス3日でございますが……」


「……何年の?」


「えっ?」


「今年は何年!?」


「な、なぜそのようなことを……」


「いいから答えて!」


 ただならぬ様子で問い詰めるアンネローズに、クレアは戸惑いながらも口を開く――。




―――――

本日9/7投稿分、これにて終了です(5/5話)。

以後毎日更新の予定ですので、おつきあいいただけますと嬉しいです。

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