第11話
アンネローズは、クライス王子以外の四人のことを思い出す。
まずは、アイザック。
アッシュブロンドの短い髪。褪せた青の瞳。
筋骨たくましい身体は、肩幅が広く、背が高い。
彫りの深い顔立ちで、同学年の男子より年上に見える。
「アイザックは……ああいう性格だからティエナ嬢との相性はよさそうね。男性に守ってもらいたいティエナ嬢と、女性を守りたいアイザック」
聖騎士の家柄であるアイザックは、騎士としての自覚が強い……といえば聞こえはいいが、はっきり言って「女は黙って守られていろ!」というタイプである。
学院でも、なにかというと女子生徒を下に見る傾向が目についた。
生徒会の副会長だったアンネローズは何度となく彼に注意をしたが、しばらくするとまた同じことをくりかえす。
おそらく、女性であるアンネローズの言うことを聞いては男子の沽券にかかわるとでも思っていたのだろう。
「その程度でなくなる沽券など、さっさと投げ捨ててしまえばよろしいのに」
……もっとも、見てくれも家柄も剣の腕もいいので、「強引なところも素敵」「男らしく引っ張ってくれる」「頼りがいがある」などと、一部の女子からは人気があった。
反面、副会長であるアンネローズをはじめ、学内で役職をもつ女子の多くはアイザックにいい印象を抱いていなかった。
「次に、シモン。魔法の名家フレデリン侯爵家の嫡男。アイザックが剣ならシモンは魔法。戦いという意味では双璧の存在ね。嫡男同士が同学年なのは偶然にしてはできすぎかしら?」
と、アンネローズはつぶやくが、そのくらいなら偶然としてありうる範囲だろう。
「……なんというか、鬱屈したタイプよね。優秀な弟がいるんだったかしら」
小柄で、はちみつ色の巻毛が子どもっぽい印象を与える。
だが、フレデリン侯爵家の特徴である暗い赤の瞳には、人を寄せ付けないトゲトゲしさがあった。
アンネローズのみるところ、そのトゲは、攻撃的というよりは防御的なものだ。自信のなさを隠すために、あえて刺々しい言葉を吐いている。
「なんとなくだけど、ティエナ嬢とは相性がよくなさそう。年上の、包容力のある女性のほうが合うんじゃないかしら」
実際、二つ年上の婚約者がいたはずだ。
「姉と弟みたいな関係になれれば、刺々しさも薄れるのかもしれないわね。でも、ティエナ嬢はどちらかといえば妹タイプじゃないかしら。アイザックと仲を深めるのとは真逆の方向になると思うのだけれど……」
アンネローズは首をひねる。
「……三人目。ユーゴ。出自は不明で、姓はわからない。クライス殿下がどこからか拾ってきて、二年生のときに貴族学院に入ってきた」
赤い髪に赤い瞳。
直毛の髪が栗のイガのように立っていて、瞳は炎のように燃えている。
野生児という言葉がぴったりで、アイザックとはちがった意味で直情径行。
入学早々、邪魔だと言って制服のそでを肩から引きちぎり、ノースリーブにしてしまった。
着崩しとかいうレベルを超えた無作法に、さしものアンネローズも注意の言葉に窮したほどだ。
露出した腕は野生の獣のようなしなやかな筋肉で覆われていて、そういう趣味の女子からは熱い視線を向けられていた。
「まあ、野生の獣よね。仲良くなるには……野良犬を手懐けるような感じかしら。まめに食べ物をあげるとか? まさか、そんな簡単なことじゃないでしょうけど」
アンネローズは自分の言葉に苦笑する。
「言葉でどうこうというより、相手が警戒を解くまで辛抱強く穏やかに接し続けること、かしらね。これもまた、アイザックやシモン相手とはちがった方向性だと思うのだけど」
単なる思考として楽しむ分にはちょっとおもしろいかもしれないが、実際にやるのはごめんである。
「最後の一人――エミールのことは、正直あまりわからないわね」
エミール・アイゼン。
夜のような藍色の髪と瞳、紙のように白い肌。
中肉中背で、普段の行ないで目立つことはあまりない。
というか、授業以外では図書館の書庫にこもっているらしく、誰かと一緒にいるのを見たことがない。
アイゼン子爵という小身の貴族の出身ながら、学業成績でアンネローズと学年主席を争っていた。
その意味ではアンネローズとしても興味がなくはなかったのだが、学院生活では接点がなかった。
王子の婚約者である身としては、他の男子に気軽に近づくわけにはいかないのだ。
……もっとも、その「婚約者」のほうは、ティエナ嬢とおおっぴらに親しくしていたわけだが。
「……彼と親しくなる方法なんて、想像もつかないわね」
隠れた美形男子として、女子の中でもたまに話題に上る男子であった。
女子の中には、書庫に突撃してお近づきになろうとした猛者もいたらしいのだが、うまくいったという話は聞いていない。
実家は無名の子爵家で、アイザックたち三人とくらべると格が落ちる。
アイザックのような聖騎士の家柄、シモンのような魔法の名家、といった「箔」もない。
つまり、令嬢たちの結婚相手としては、そこまで「おいしい」相手ではない。
それでも近づこうとする女子がたまにいるのは、どこか
「彼だけでも十分難関ね。それに加えて、方向性の異なるアイザック、シモン、ユーゴを同時に惹きつける? それも、王子であるクライスとの関係を周囲に見せつけながら同時に?」
一人の女性が複数の男性に対してまったく異なる顔を見せる……という話はたまに聞くが、実際には限度というものがあるだろう。
もしそんなことができたとしても、複数人とはちあわせたらどうするのだろうか?
「……どうも、奇妙なことばかりね」
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