第10話

 ティエナ嬢の「逆ハーレム」をこの国で成り立たせるひとつの方法。

 それは、


「ティエナ嬢が女王となり、男たちを王配として囲い込む……。これなら、クライス殿下も他の四人と対等の条件でティエナ嬢の愛人になることができるわね」


 ティエナ嬢が女王になれば、クライスは王子ではなくなる。

 先王の子ではあるが、王子ではなくなるということだ。


 ティエナ「女王」の次の王は、ティエナとクライスの子を選ぶのが、正統性という意味では無難だろう。

 もっとも、ティエナの血さえ引いていればいいのだから、他の四人との子どもでもかまわない。


「そうよ。ティエナ嬢には伝説の祝力ギフト『聖なる祈り』がある。聖女が王位に就いて女王になる、というのはありえない話ではないわ」


 そもそも、このマグノリア王国は、魔王を倒した英雄が開いた国である。


 史書によれば、英雄王ウィリアムが魔王を討伐する折りに、決定的な役割を果たしたのが「聖女」だとされている。


 具体的には、魔王がその身にまとっていた無敵結界を、聖女が「聖なる祈り」で打ち消したのだという。


 無敵結界を失ってなお、魔王は強大だった。

 英雄王ウィリアムは、大切な仲間を何人も犠牲にしながら、やっとのことで魔王を討ち果たす。


 そして、荒廃しきった大陸を治めるために、自らが王となってマグノリア王国を建国した。


 それが、アルバ歴元年のこと。

 アンネローズがもといた四年後は、その千年紀にあたる年だった。


「……怖いほど都合のいい話ね。千年紀に伝説の聖女と同じ祝力ギフトを持つ女性が現れ、この国の王子と恋に落ちた……」


 アンネローズは身震いした。


 こんな偶然があるものだろうか?


 まるで物語の筋書きのようではないか。


 聖女と同じ力をもつ出自不明の少女が王子と恋に落ちる。

 王子には婚約者がいたが、王子は少女と結ばれたいと願うようになる。

 少女にさまざまな嫌がらせをしていた(していない)婚約者を「断罪」し、晴れて二人は結ばれる。


 ……いや、正確には、少女と五人の男が結ばれるのだが……。


「さしずめ、わたくしはその悪役ということかしら? 王国で権勢を誇るマルベルト公爵の令嬢で、王子とは身分的にも釣り合っている。そんな女が、ぽっと出の『ヒロイン』を嫉妬心からいじめだす。そして、最後にはその報いを受けて破滅する……」


 まるで三文芝居のような筋書きだ。

 ティエナ嬢は、アンネローズを自分が主役メインヒロインである芝居の「悪役」にキャスティングしようとしたということか。


「……でも、それにしたってうまく行きすぎよね。わたくしはその流れには乗らなかったけれど、クライス殿下も他の男性たちも、ティエナ嬢の書いたシナリオどおりに動いてるようにみえるわ」


 傾城の悪女、といわれる女性は、歴史の中にはしばしば登場する。

 自分の魅力を活用して男性権力者を「操縦」しようとする女性は、いつの時代にだって現れる。


 女性であるアンネローズからすれば、色香に惑わされて国政を疎かにした男性のほうも悪いのでは? と思わなくもないが……。


 ティエナ嬢をそうした悪女の一人とみるのは、結果からすれば妥当だろう。


 だが、アンネローズのもっていた印象では、ティエナ嬢は男性の心理を操縦することに、さほど秀でているようではなかった。


 ……いや、「かわいげがない」らしいアンネローズにくらべれば「お上手」なのだろうが、同学年の女子たちの中でとくに抜きん出て上手かったわけでもないのだ。


 手練手管という意味では、男をたらしこむ技術を親から徹底的に仕込まれた(主に)下級貴族のご令嬢が、学院の中には何人もいた。


「クライス殿下については、わからなくもないわ。殿下はわたくしのような気が強くて殿方を立てないタイプがお嫌いなのでしょう。かわいらしくて庇護欲をそそるティエナ嬢に惹かれるのもわからなくはない……のだけれど」


 ……自分で言っていてもやもやするものがあったが、おそらく客観的に見ても正しいと思う。


「でも、他の四人はどうだったのかしら? あんなにもタイプの違う男性たちを、どうやったらまとめて虜にすることができるのかしら?」


 ティエナ嬢がいくらかわいらしくて男性の庇護欲をそそる美少女であったとしても、人間同士なのだから相性というものがあるはずだ。


 あそこに揃っていた男性陣は、いずれも本人の能力、外見、実家の権力などが高い水準で揃った学院でも屈指の「モテる」男性たちだった。


 ティエナ嬢以外にも魅力的な女子はいるのだから、なにも好き好んで五人で一人の女を奪い合う必要もないだろうに。


「恋に入れあげるとそんなにも理性をなくしてしまうものなのかしら? そんなタイプだったかしら、あの方々は?」


 アンネローズは、クライス以外の四人について考えてみることにした。

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